年俸制導入時の問題

制度の公平性が求められる

年俸制に対する不満は、実は人事考課に対する不満であることが浮き彫りになっています。

年俸制導入にあたっては、まず、公平かつ客観的な評価制度が整備・開示されているか否か、をチェックします。

制度改革の一定の必要性があるかどうかも問われます。

制度・手続が整備されていない場合には、評価の不公正さが推定されることになります。

なお、公平かつ客観的な評価制度を整備・開示することとは、具体的には、以下のようなことをいいます。

  1. 目標管理制度を含めた双方向的制度の整備
  2. 透明性・具体性のある評価基準の整備と開示
  3. 評価の納得性・客観性を保つための評価方法の整備
    (特に、複数の評価者による多面的評価の導入)
  4. 評価を処遇に反映させる明確なルールの整備

使用者が評価基準を整備しないまま恣意的に評価したり、公正評価義務に反して不公正な評価と賃金決定を行ったときは、労働者は使用者の人事評価権の濫用による不法行為の救済か、公正評価義務違反(債務不履行)による救済かを選択して主張できると解されます。

この評価の公正さの立証責任は、使用者が負担することになります。


異議申立制度

年俸額決定の公正性・公平性を確保するためには、労働者が自己の評価について苦情申立をなしうることの制度化が求められることになります。

制度に実効性を持たせるためにも、労働者側代表の参加が最低限必要だといえます。


個々の労働者の同意が必要

年俸制を始めとする能力主義賃金制度を適用するにあたっては、労働者個人の同意が必要であるとされています。

年俸制など能力主義の性格の強い制度の導入にあたっては、賃金の相当部分が個人の働き方(能力・成果)によって決定されますので、適用にあたっては個人の同意が必要であると考えられるからです。

適用対象となる労働者にとっては、労働条件の変更になりますから、労働者の既得の権利を失わさせたり、労働条件の切り下げとなる場合には、その労働者の同意が必要となります。

使用者が勝手に「年俸制導入」を宣言し、賃金を切り下げる場合、その賃金額は無効とされるため、労働者は従来の賃金請求が可能になります。

したがって、年俸制が導入されても拒否できる旨、事前の周知を行います。

労働組合があれば、組合と十分な協議が必要です。

賃金支払いの原資総額を減少させないことが約束されているか、などが争点となります。

また、労働組合との交渉・合意があった場合でも、管理職という特定のグループのみを能力主義的賃金制度の対象とするときには、管理職の意見を聴きその利益を配慮したかが問題となります。

このような手続きの必要から、新規採用職員を中心に、年俸制が導入されることが多いようです。

ただし、年俸制対象社員の比率が高まることは、早晩、従来から雇用されてきた従業員の労働条件に影響することになります。


就業規則を変更する

まず、就業規則・賃金規程の変更手続き(過半数組合又は過半数代表者からの意見聴取と届出)をしなければなりません。

就業規則の変更を行わず、一方的に年俸制導入と賃下げを言われた場合は、賃金の決定は無効となります。

就業規則は、会社にも守る義務があるので、就業規則の一部である賃金規程の遵守を求めるのも一つの方法です。

年俸額の改定基準や手続についての規定がない場合、会社が一方的に減額を決定できる根拠がそもそも存在しないことになり、減額には労働者の同意が必要です。

もし、同意が得られなかった場合には、その年俸制の規定に「合理性」がなければ、同意しない労働者には適用されません。

どういう場合に「合理性」が認められるかは、一概にはいえませんが、以下のようなことが必要でしょう。

(1) 年俸の決定に際し労働者の自由な意思による同意が保障されること
(2) 業績等の査定基準が明確にされる
(3) 内容や評価方法が客観的で公平であること

労働相談等でよくみられる、大幅に年俸を切り下げて退職を迫るようなケースの場合には、「合理性」は認められず、法的効力は持たないと考えられます。

賃金減額決定権が就業規則に定められている場合は、手続・内容の両面で拘束力があるかどうか、検討し、拘束力がある場合、決定権限の濫用に当たるかどうかを検討することが考えられます。

仮に使用者による年俸額の減額決定権が制度上認められていたとしても、通常、その改定は年俸額改定時期に行使されるべきものとして定められているはずです。

年度途中の減額は、その主旨に馴染みません。

権利の濫用に当たるかどうかは、以下の点に基づいてチェックします。

(1) 就業規則の賃金規定に年俸制を定めているか。
また、その就業規則の制定は、適正な方法によって行われているか。
(2) 業務評価が適正かどうか。
目標管理システムと連動している場合には、その目標決定と達成度の判定が合理的に行われているか。
(経済事情、業績推移、同業他社との比較、同僚との比較、社員間で担当顧客層に格差がないかなどで判断)。
目標を設定するにあたっての手続きが適正に行われているか。
(3) 減額幅が大きすぎないか。
就業規則に規定されている減額幅を超えることは、そもそも就業規則違反となります。
(4) 年俸制について、労働者に十分な説明を行ったか。
(5) 労働者からの異議申立がある場合、誠実に対応したか。

年俸制の導入は、労働条件の不利益変更にあたるか

年俸制の導入は、通常の賃金・労働条件の変更と異なり、賃金・労働条件を直接引下げるわけではなく、それを可能にする制度であるため、第1に、年俸制の導入が労働条件の不利益変更に当たるか、第2に、労働条件の不利益変更に当たるとすると、その要件をどう考えるべきかが、まず問題となります。

年俸制の導入は、現在の判例法理によるかぎり、労働条件の不利益変更に該当すると考えられます。

最高裁は、第一ハイヤー事件判決で、タクシー運転手の歩合給の計算方法を不利益に変更したが、現実の賃金額は変動しない可能性のあるケースを不利益変更の問題として扱っています。

判例は、賃金に対する実質的不利益の如何を問わず、その可能性がある場合を含めて、広く「就業規則による労働条件の不利益変更」としていると言ってよいと思われます。


変更の要件をどう考えるべきか

労働条件の不利益変更に関する判例理論では、就業規則変更の合理性が要件とされ、変更の必要性と労働者の不利益との比較衡量を中心とする総合判断の枠組みが示されています。

特に賃金のような重要な労働条件の変更は、「労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要に基づいた合理的な内容」を要求されますので、年俸制のような能力主義賃金制度の導入に関しても、この枠組みで処理すべきだとするのも有力な考え方といえます。

しかし、年俸制を始めとする能力主義賃金制度の導入は、賃金減額を可能とする制度の導入ですから、実質的不利益を直接もたらす既存の変更のケースと同一視することは適切ではありません。

ここでは、既存の法理における「高度の必要性」や「代償措置」などは不可欠の要件とはいえないでしょう。

その代わりここでは、能力の公正な評価と賃金決定を可能にする制度の整備が必要不可欠であると考えられます。

年俸制を始めとする能力主義賃金は、目標管理制度に典型的にみられるように、労働者が目標設定や人事評価に自ら関与し、評価者と交渉して賃金を決定することを特色にしています。

人事評価は賃金額確定のための先行手続であり、賃金支払義務の適正な履行のために不可欠の措置ですから、それを公正に行うことは賃金支払義務に付随する義務と考えられます。

つまり、人事評価制度の下で、「賃金の一部が考課・査定により算定される」ことが労働契約上合意されている場合には、それは使用者に人事評価「権」だけでなく、賃金支払義務に付随する「公正評価義務」(それに対応する労働者の評価請求権)を発生させることになります。


年俸制導入の要件

  1. まず年俸制導入の際に、公平かつ客観的な評価制度が整備・開示されているか否か
  2. 制度改革の一定の必要性があること
  3. 労働組合・労働者との間で十分な協議を行うこと
  4. 賃金支払いの原資総額を減少させないこと

「公正評価義務」を果たし、公平かつ客観的な評価制度を整備・開示する

具体的には、以下のことが挙げられます。

  1. 目標管理制度を含めた双方向的制度の整備
  2. 透明性・具体性のある評価基準の整備と開示
  3. 評価の納得性・客観性を保つための評価方法の整備(特に、複数の評価者による多面的評価の導入)
  4. 評価を処遇に反映させる明確なルールの整備

それに基づいて公正な評価を行うこと(「公正評価義務」)

「公正な評価」か否かの判断の中心は、評価基準に即した評価を行ったか否かに置かれますが、労働者の能力に即した目標設定の適切さ、能力発揮のための環境整備の有無(職務付与の適切さ・能力開発の機会の提供)、評定者の評定能力いかんなども判定要素となります。

評価結果を開示・説明すること

労働者が評価に不満を抱いた場合の苦情処理制度などの整備があります。

訴求可能という意味での独立の義務は2.であり、それ以外の1.3.4.は、使用者が2.の公正評価義務を履行したか否かの判定要素に位置することになります。

適用の要件

年俸制や裁量労働制のように、能力主義の性格が強い制度においては、賃金の相当部分が個人の働き方(能力・成果)によって決定されますので、それを受け入れるか否かは、個人の選択に委ねられるべきであると考えられます。

こうした個人重視の制度の導入に際しては、就業規則の機能は制度を設計する機能にとどまり、それを労働者個々人に適用するか否かは、個人の選択(自己決定)に委ねることが合意されていると考えるべきだからです。


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