支給日在籍要件

賞与支給日前に退職した場合はもらえないか?

賞与について行われている支給日在職要件(賞与の支給対象期間の全部または一部には勤務していながら、支給日在籍していなかった者については賞与を支給しないという取り扱い)は有効かどうかが、賞与の法的性格と関連して問題となっています。

一般的には、一定の賞与査定対象期間内のその者の勤務に対して一定期日に支給されるもので、その賞与査定対象期間満了まで勤務している場合は、たとえ賞与支払期日までに退職しても、特段の定めのない限り(在職者要件もこれに当たる)、賞与の請求権を有するとされます。

支給日在籍要件の有効性の判断は、賞与を労働者の生活を支えるもの〈月例賃金と同じ〉と考えるか(無効説)、賞与は賃金であっても毎月支払われるもの〈月例賃金とは性質を異にする〉と考えるか(有効説)に帰着します。

有効説も、退職の時期を自由に決めることができない場合、即ち整理解雇や定年退職のように退職日を自由に任意に決めることができない者には、支給日在職要件は及ばないとしています。


自己都合退職の場合

賞与支給日に会社に在籍することを支給条件とする規定がある場合、この規定により支給されないことが原則です。

支給日に在職していない者に賞与を支給しないという取り扱いをする場合には、就業規則あるいは賃金規程において「賞与は支給日当日在籍している者に支給する」あるいは「支給日に在籍していない者には賞与は支給しない」と明記しておくことが必要です。

規定がないために、争いになることはしばしばあります。

また、支給日直前に退職したために支給されないというケースで、その退職が自分の意思に基づくものかどうかが、争いになることが、しばしばあります。

裁判所は、退職日を自ら選択できる自発的退職者や、自己の非違による被解雇者については、支給日在職要件を有効としています。(大和銀行事件 最高裁 昭和57.10.7、京都新聞事件 最高裁 昭和60.11.28)

懲戒解雇や諭旨解雇など、労働者の側に原因がある解雇の場合も、通常は、賞与を支給する必要がないとされます。

ベネッセコーポレーション事件 東京地裁 平成8.6.28

一般従業員の冬季賞与の支給が「基本額」の4ヶ月分と決められており、年末までに退職予定の中途採用者には4万円に在職月数を乗じた額という規定となっていたところ、退職予定者は、退職しない者よりの82%減の額でしか受け取れないこととなった。

裁判所は、規定そのもの不合理ではないとしながらも、賞与に過去の業績に対する賃金の要素からなる部分が含まれる以上、労基法24条の全額払いの原則の趣旨に反する等として、将来の期待部分として減じられるのは20%までが相当とした。

梶鋳造所事件 名古屋地裁 昭和55.10.8

賞与の性格から、あるいは月例賃金とは性質を異にするといった理由から、支給日在籍を要件とする就業規則や労働協約等で明確に定められている場合には、それが賞与の支給要件であり、その支給条件を満たさない者には支給しなくとも労基法24条に違反しない。

ビクター計算機事件 東京地裁 昭和53.3.22

就業規則に規定がない場合、その計算期間を満足に勤務した者は、特別の定めがない限りたとえ賞与支給日までに退職しても、賞与を請求する権利を有し、また、賞与計算期間の一部のみを勤務して途中で退職した者は計算期間中の勤務時間の割合に応じて賞与を請求する権利がある。

また、賞与は支給日(または一定の基準日)に在籍する者のみに支給するということが確立した労使慣行となっている場合も同様に有効とされます。

大和銀行事件 最高裁 昭和57.10.7

当該銀行においては・・・決算期間を対象とする賞与が支給されるというが確立しており、慣行が成立していると認められる場合には、支給日に在籍していない者に賞与を支給しなくとも差し支えない。


退職予定を理由とする減額

賞与は、支給日在籍規定があるなら、支給日に在職していない者に対しては不支給でも差し支えありませんが、支給日に在職していながらすでに退職が予定されている者に対して、減額できるかという問題がしばしば発生します。

「賞与支給日以降一定期間在職しなければ賞与額を減額する」旨を就業規則で定めた場合、必ずしも無効とはならないと解されます。

なぜなら、賞与の支給基準等は、原則的に当事者間で自由に決めることができるものとされている以上、退職予定者に同じ条件の在職者(=退職を予定していない者)の賞与額より低い金額を定めることも有効だと考えられるからです。

ただし、その格差の程度が著しい場合には、民法90条の公序良俗に反し違法だとされることも、あり得ます。


会社都合だと適用されない

支給日直前に会社の都合により解雇され、退職の時期を自由に決めることができない場合は、賞与を支給しないとすることは公序良俗に反し許されず、勤務期間に応じた賞与請求権を取得すると考えられます。

このため、会社都合退職者や定年退職者の場合は、支給日に在職しなくても支給しなければなりません。


支払遅延の場合の判断

次の判例では、本来予定されていた支給日には在職していたが、支払が遅延となり、その後支給前に退職したため、実際の支給日には在籍していなかった者に対しても一時金を支給すべきであるという判断をしています。

  • ニプロ医工事件 最高裁 昭和60.3.12
  • 須賀工業事件 東京地裁 平成12.2.14

このように、支給日在籍要件が、就業規則等に定められていたり、確立された労使慣行となっている場合でも、本来予定されていた支給日に在籍した者のみに支給するという取り扱いが認められない判例もありますので、注意が必要です。


賞与の支給日在職要件の適用範囲(判例)

須賀工業事件 東京地裁 平成12.2.14

賃金規程に賞与の「支給日在職要件」があった。支給予定日には在職していたが、実際に支給された日には退職していた元従業員が、賞与の支給と遅延損害金を求めた。

裁判所は、「支給日在職要件」自体は不合理ではないとしながらも、その日は支給が予定されていた日だとし、この日に在職していた原告らに対し賞与及び遅延損害金を支払うよう命じた。

なお、支給日現在の在職を義務づけた賃金規則の周知についてもなされていなかったことも、判断の要素となった。

梶鋳造所事件 名古屋地裁 昭和55.10.8

賞与は、・・・労務提供があれば使用者からその対価として必ず支払われる雇用契約上の本来的債務(賃金)とは異なり、契約によって賞与を支払わないものもあれば、一定条件のもので支払う旨定めるものもあって、賞与を支給するか否か、支給するとして如何なる条件のもとで支払うかはすべて当事者間の特別の約定(ないしは就業規則等)によって定まるというべきである。

従って被告が賞与支給条件に関する就業規則(賞与支給規程)においてそれらを規定すること自体は違法とはいえず、かくして確定した賞与金を、右規定によって認められる賞与金請求者に全額支払う限り労基法24条1項に抵触するものではない。

大和銀行事件 最高裁 昭和57.10.7

原審の適法に確定したところによれば、被上告銀行においては本件就業規則32条の改訂前から年2回の決算期の中間時点を支給日と定めて当該支給日に在籍している者に対してのみ右決算期間を対象とする賞与が支給されるという慣行が存在し、右規則32条の改訂は単に被上告銀行の従業員組合の要請によって右慣行を明文化したにとどまるものであって、その内容においても合理性を有するというのであり、右事実関係のもとにおいては、上告人は、被上告銀行を退職したのちである昭和54年6月15日及び同年12月10日を支給日とする各賞与については受給権を有しないとした原審の判断は、結局正当として是認することができる。

ヤマト科学事件 東京高裁 昭和59.9.27

定年後の嘱託の地位にある労働者の雇用継続期間の満了による雇用終了に際しては支給日在職要件の適用を認め(京都新聞社事件 最一小判 昭和60.11.28)、懲戒解雇となった退職者への賞与の不支給についても適法とした。

ニプロ医工事件 最高裁 昭和60.3.12 東京高裁 昭和59.8.28

例年6月末に支給されてきた賞与が、労使交渉の難航等によって9月に支給時期がずれ、その際、会社が労使協定に基づき9月の在職者に賞与を支給したのに対し、7月・8月の退職者が賞与の支払いを求めた案件で、東京高裁は以下のとおり在籍者のみを対象とする合理的な理由はないと判断し、最高裁もこれを支持した。

賞与は支給日に在職する者にのみ支給する旨の被控訴人における前記慣行は、賞与の支給時期として、前記給与規程に定められ労使間において諒承されていた6月又は12月について、各当月中の日をもって支給日が定められた場合には、当該支給日に在籍しない者には、当期の賞与を支給しないとする趣旨の内容のものであり、かつ、右内容の限度において合理性を有するものと解するのが相当である。

・・・昭和55年9月5日本件協定書により、被控訴人と組合間において、本件賞与の支給日を同月13日とし、右支給日在職者を支給対象とする旨の合意が成立したとしても、右合意は、前判示のような当該賞与支給月中の日をもって支給日が定められた場合には、当該支給日の在籍者をもって支給対象者とする旨の慣行に反するものであると同時に・・・・控訴人らの本件賞与を受給する権利を一方的に奪うものであることは明らかであるから、控訴人らの同意のない限り、少なくとも本件賞与を支給日在籍者にのみ支給する旨の右合意の効力は、控訴人らには及ばないものというべきである。

東京コンピューター用品事件 東京地裁 昭和61.9.26

産休中で賞与支給日には在籍していたものの、出社していなかった労働者がそのまま退職したケースで、賞与請求権を認めた。

その他、以下は、支給日在籍要件が無効でない、あるいは原則有効であるとした例です。

  • 京都新聞社事件 最高裁 昭和60.11.28
  • 日本テレコム事件 東京地裁 平成8.9.27
  • カツデン事件 東京地裁 平成8.10.29
  • 関西空港リムジン事件 平成11.8.27

関連事項:母性保護制度と退職の議論


支給日在職要件の有効性に関する学説

このように、労働者が賞与算定期間の全部または一部には就労しながら賞与支給日に在籍していない者について賞与を支給しないという取り扱いが許されるかについては、賞与の賃金性などから無効とする説と有効とする説とが対立しています。

無効説

賞与が労働者の生活を支える点では月例賃金と同じであり、その支給が否定されることは労働者の生活不安を生じさせ労基法1条の精神や労働の尊厳性に違反する、また賞与の対象期間内に勤務すれば権利行使の具体的な内容は確定していなくとも法的な権利としては認められるから、すでに存在している権利を否定するような措置は違法であるとする。

有効説

賞与は賃金であっても毎月支払われる月例賃金とは性質を異にし、対象期間の労働だけでは具体的な権利は生じず、労使の合意などを経て支給額や支給条件、支給時期などが確定して具体的な権利となるものであるから、賞与の支給に使用者が条件をつけることも、それが使用者の合意や就業規則に定められているなど合法的な手続の下に行われ、強行法規や公序良俗に反しないかぎり許されるとする。

支給日在職要件は将来の勤務を期待するものであり、労働者は退職の時期を自由に決めることができるから違法とはいえないとする。

ただ、整理解雇や定年退職のように退職日を自由に任意に決めることができない者には、支給日在職要件は及ばないとする。


就業規則の規定(例)

(賞与)

第○条

賞与は、毎年○月および○月の賞与支給日に在籍する従業員に対し、会社の業績、従業員の勤務成績等を勘案して支給する。

2 賞与支給日は、毎年その都度定める。ただし、会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合には、支給日を変更し、又は賞与を支給しないことがある。

3 賞与算定対象期間は、○月の賞与については○月から○月とし、□月の賞与については□月から□月とする。


賞与不支給通知(例)

賞与不支給通知

貴殿は当社に対し賃金規定○条に基づき○年冬季賞与支払いの請求をしていますが、同規定○条○項には冬期賞与は、その支給日に在籍する社員に対して支給する旨定めています。

○年冬期賞与は○年○月○日に支給したところ、貴殿はこれに先立つ○年○月○日に退職しており、同支給日である○年○月○日には、在職していません。

したがって当社には○年冬期賞与支払い義務はありませんので、貴殿には同賞与はお支払いしないことを通知いたします。

○年○月○日

東京都○○区○○町○丁目○番○号
○○株式会社
代表取締役 ○○○○

東京都○○区○○町○丁目○番○号
○○○○ 殿


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