人事考課と団体交渉

個別考課のすべての開示は、会社側が拒否できる

労働組合が団体交渉を行うに際して、次の事項は交渉の対象となりえると考えられています。

(1) 特定組合員の配置転換、出向、解雇等の個別人事
(2) 人事考課の基準・手続、その具体的適用
(3) 組合員の採用の基準・手続、特定組合員の採用

ただし、労働組合が団体交渉の場において、人事考課の査定の最終的な結果・内容にとどまらず、一次考課者、二次考課者の査定の全過程を明らかにすることまで求めることは、会社の人事考課査定や労務管理を適性に行うことを困難なものにするため、会社が団体交渉を拒否しても正当な理由がある、とされています。(大阪ヒューズ事件 大阪地労委命令 平成8.8.23)


能力主義賃金の登場とその背景

70年代に普及し、今日まで賃金制度の主流をなしている職能資格制度は、能力の発展段階に応じて資格等級を定めて格付けし、それに即した賃金(職能給)決定と処遇管理を行う制度です。

ここでは、労働者の「保有能力」が重視され、それを年功(年齢・勤続年数)と一致させる運用が行われたため、年功的な要素の払拭は困難でした。

また、実際上も、一定の資格在籍年数を進級要件とし、同期入社で極端な差がつかないように配慮するなど、年功的運用を色濃く残していました。

これに対して、近年導入されている能力主義的賃金は、上のような保有能力(潜在的能力)ではなく、顕在化し、結果として現れた能力(=成果)を重視することに特色があります。

こうした能力主義的賃金導入の背景としては、国内外の競争の激化に伴う賃金・人件費引下げ圧力、従業員の高齢化による中高年齢層の年功的処遇の困難化、生産性・業績を考慮した人件費の変動費化の要請、若年労働者の意識の変化などが挙げられています。


人事評価と労働契約

人事評価権と「公正な評価」

能力主義的賃金制度の下においては、平等主義的賃金管理が後退して、労働者間に賃金格差が生じます。

この変化は、人事評価権の行使に関して「公正かつ客観的な評価」を要請することになります。

もともと人事評価は、賃金決定のための先行手続ですから、それは労務供給を適正に評価し、それらを賃金額に反映させるべき責務を内在していると考えられるからです。

特に能力主義賃金の下で、賃金が能力・成果を基準に決定される場合は、この責務は能力・成果を公正に評価する責務(注意義務)として現れると考えられます。

評価制度の整備・開示

使用者は「公正な評価」の内容として、人事評価のプロセス全体の公正さを整備することが求められることになります。

すなわち、

  1. 公正かつ客観的な評価制度を整備・開示すること
    具体的には
    a 目標管理制度を含めた双方向的制度の整備
    b 透明性・具体性のある評価基準の整備と開示
    c 評価の納得性・客観性を保つための評価方法の整備(特に、複数の評価者による多面的評価の導入)
    d 評価を処遇に反映させる明確なルールの整備
  2. それに基づいて公正な評価を行うこと
  3. 「公正な評価」か否かの中心は、評価基準に即した評価を行ったか否かに置かれるが、労働者の能力に即した目標設定の適切さ、能力発揮のための環境整備の有無(職務付与の適切さ・能力開発の機会の提供)、評定者の評定能力いかんも判定要素となります。
  4. 評価結果を開示・説明すること
  5. 労働者が評価に不満を抱いた場合の苦情処理制度などの整備

したがって、使用者が客観的評価基準を整備しないまま恣意的に評価したり、評価基準を逸脱して不公正な評価を行ったときは、裁量権の濫用として不法行為が成立すると考えられます。

以上のように、人事評価およびそれに基づく賃金決定の「公正さ」には、評価(賃金額決定)自体の公正さ(2.)と、その前提となる評価制度・手続の公正さ(1.3.4.)という二つの側面があります。

そして、「公正な評価」は評価制度の下で評価が行われていれば、一応「公正な評価」と推定されると考えられます。

逆に、制度・手続が十分に整備されていない場合には、特段の反証がない限り、評価の不公正さが推定されることになります。

また、上司の評価が評価基準を無視した主観的な評価である場合や基準の適用を誤って不当に低く評価した場合や、外形的には客観的基準に即した評価であっても、設定目標が高すぎたり能力開発を怠るなど、必要な環境整備を怠った場合も、不公正とされる場合があることになります。

公正な評価義務の法的性格

人事評価を公正に行うことは、同時に使用者の労働契約上の義務でもあります。

能力主義賃金は、目標管理制度に典型的にみられるように、労働者が目標設定や人事評価に自ら関与し、評価者と交渉して賃金を決定することを特色にしています。

人事評価を使用者の一方的裁量行為ととらえる法理は、こうした新たな賃金制度にはそぐわないといえます。

すなわち、人事評価は賃金額確定のための先行手続であり、賃金支払義務の適正な履行のために不可欠の措置であるから、それを公正に行うことは賃金支払義務に付随する義務と考えられることになります。

つまり、人事評価制度の下で、「賃金の一部が考課・査定により算定される」ことが労働契約上合意されている場合には、それは使用者に人事評価「権」だけでなく、賃金支払義務に付随する「公正評価義務」(それに対応する労働者の評価請求権)を発生させることになります。

公正評価義務の意義と効果

使用者が公正評価義務に反して不公正な評価と賃金決定を行ったときは、労働者は使用者の人事評価権の濫用による不法行為の救済か、「公正評価義務」違反(債務不履行)による救済かを選択して主張できると解されます。

こうした考え方の実際上の意義としては、評価の公正さ(賃金格差の正当化事由)の立証責任を使用者が負う結果、労働者は「不公正な評価」の立証責任を免れ、立証責任が軽減されることになります。

つまり、労働者が平均的な成績をあげていることと、他の労働者より低い賃金・処遇を受けていることを立証すれば、公正評価義務違反の事実が推認され、使用者が公正な評価を行ったことを立証すべきであるということになります。

もう一つの意義は、「公正評価義務」違反の効果(救済)として労働者が損害賠償請求のみならず、その履行請求ができるということになります。

昇給・昇格請求権はあるか

問題は、昇給・昇格請求権があるかどうかです。

昇給・昇格は、労使間合意や使用者の評価と発令を介して行われるのが一般で、昇給・昇格を求める請求権は、それらが契約内容になることによって発生すると考えられています。

とすれば、そうした評価がなされていない段階で「公正な評価義務」違反の事実だけで昇給・昇格請求権を認めることは困難でしょう。

とはいえ、使用者が公正な評価義務を負う以上、労働者がその履行を求めること、使用者が公正な評価を経て賃金額を確定することの請求は可能でしょう。

昇格についても、昇格それ自体の請求は困難でしょうが、昇格要件に従った公正な評価とそれに基づく資格の確定(昇格)を求めることは可能であると考えられます。

トヨタ年齢給全廃へ 能力主義へ大幅転換

トヨタ自動車は、社員の給与制度で、毎年増える年齢給を全廃する。すでに廃止している管理職や事務・技術職に加え、工場などで働く技能職の年齢給もなくす。

今春闘の交渉で組合に提案し、04年度にも導入する方針。

給与の一部に年功的要素は残すが、定期昇給の中核の年齢給を全廃することで、トヨタの賃金制度は能力主義型へ大幅に切り替わることになる。

トヨタの技能職は組合員約5万8,000人の6割、4万人弱を占める。

組合員の基準内賃金は平均約36万円だが、技能職の場合、そのうち約2割は年齢給で、在籍年数に応じて毎年加算される。

残る約3割が社内資格と査定に年齢的要素も一部加わる職能個人給、約3割が社内資格で一定額が決まる職能基準給、約2割は生産性の向上などを反映する生産性給となっている。

年齢給を廃止することで、職能基準給と職能個人給を拡充する。

職能個人給に年功的要素が一部残されるが、職能基準給は昇格しなければ上がらないため、技能職社員の給与格差が現在より広がることになる。

トヨタは99年から事務・技術職の年齢給をやめて職能基準給と職能個人給の2本立てにして、能力主義型の賃金制度への移行を進めてきた。

トヨタの今春闘では、労働組合がベースアップ要求を断念したのに加え、経営側が年齢給の廃止を打ち出すことで、「毎年同じように全社員の給与が上がる」という旧来型の賃金制度は曲がり角を迎える。

(asahi.com 2003.2.4)

成果主義が従業員の心に及ぼす影響は

成果主義の競争面が強調されすぎると・・・悪い意味で職場が学校化して、ヨコの人間関係が悪化してきます。

何より総額人件費削減が背後にあるので、従業員間の競争が強まりすぎると、仕事のあり方がどうしても個人中心になります。それは会社や顧客の利益よりも、個人の利益を優先する傾向です。第1に仕事のノウハウや技術・技能を他人に教えない傾向が現れ、第2に点数にならないチームプレイは無視されがちになり、時には業績を増やすための不正行為までも生まれます。・・・

仕事というものは、マニュアル化できるものばかりでなく、責任の所在が不明確なもの(担当者がはっきりしない仕事)もたくさんあります。

従来は助け合い、支え合って処理してきたのに、点数至上主義の人がでてくると、そういう業務を敬遠するようになります。

したがって、特定の従業員(人柄のよい人、要領の悪い人?)にそのような業務が集中し、不公平感が生じて、上司への不満になっていくようです。

労働科学研究所・鈴木安名氏 (賃金実務 No.939 2003.12.15)


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