人事評価権の濫用

人事評価権の濫用と不法行為

評価が不公正として裁量権の濫用が肯定され、それによって労働者に経済的・精神的損害が生じたときには不法行為が成立し、使用者は損害賠償責任を負うことになります。

この場合、労働者が有する公正な評価の期待利益は、少なくとも標準的な評価を受ける利益を下回らないといえますので、標準者の賃金との差額が逸失利益(損害額)となります。

評定の客観性が認められれば、人事権の濫用とはなりません。

三井住友海上火災保険(エリア総合職考課)事件 東京地裁 平成16.9.29

総合考課によって評定を下げられたため、賃金が月額36,000円減額となったことに対する訴え。

会社は「意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべき。あなたの給料で業務職が何人雇えると思うか。」といったメールを出しており、資料を持参しなかったことを理由に会議の席上から原告を退席させたり、評定を「100メートルを20秒で走ってもらいたいのに40秒の結果しか出せない人」と表現される基準に落としていた。

これについて裁判所は、考課者の先入観によるパワーハラスメントとの原告主張を抽象的だとして退け、原告が会社と話し合いによって設定した評価目標が達成されていないこと、数値目標は客観的であり考課者の主観が入りにくいものであること、また、他の従業員との比較で平均以上の評定がされるべきだという裏付けがないことから、人事権の濫用とは言えないと判断した。

光洋精工事件 大阪高裁 平成9.11.25 大阪地裁 平成9.4.25

会社は、段階的に職能資格等級制度を導入した。

定年退職した原告は、この制度の適用を受けた当初より能力評価について誤りがあり、その是正が図られなかったことを理由に、賃金・退職金が適正に払われなかったとして、実際の支給額との差額および慰謝料を請求した。

大阪地裁の判断

判決は、会社側の人事考課を適切と認めた。

(1)職能資格等級制度は、人事考課によって、同等の勤続年数の従業員間に級の差が出ることを当然に予定している

(2)原告は、在勤中に組合活動等、会社から嫌悪されるような行動を取ったことはない。このことから、会社がことさらに不利な人事考課をすべき動機が見あたらない。

(3)原告は中途入社したことから、勤続年数が平均より短いが、原告より長く勤続する従業員も多数、同じ級に格付けされている。

(4)原告は不良品を出すなど、作業能率が高かったとはいえず、協調性、積極性等に問題があった。これらの点に照らすと人事考課に裁量権の逸脱・濫用があったとは認めることができない。

大阪高裁の判断

人事考課は、労働者の保有する労働能力(個々の業務に関する知識、技能、経験)、実際の業務の成績(仕事の正確さ、達成度)、その他多種の要素を総合判断するもので、その評価も一義的に定量判断が可能なわけではないため、裁量が大きく働く。

人事考課をするに当たり、評価の前提となった事実について誤認があるとか、動機において不当なものがあったとか、重要視すべき事項を殊更に無視し、それほど重要でない事項を強調するとか等により、評価が合理性を欠き、社会通念上著しく妥当を欠くと認められない限り、これを違法とすることはできない。


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