外国人と労災保険

不法就労の外国人にも適用される

労働災害への対応は、外国人労働者であっても日本人となんら異なる点はありません。アルバイトであっても同様です。

労災保険は、不法就労かどうかに関係なく加入しているかどうかにも関係なく適用されますので、まず、会社に相談しましょう。

不法就労者だから適用されないと思いこんでいる場合も多いので、拒否された場合は、労働基準監督署に確認を求めてください。

関連事項:労災保険に未加入の場合

通達(昭和63.1.26 基発50号)によれば、「日本国内における労働であれば、日本人であると否とを問わず、また、不法就労であると否とを問わず(労働関係法令が)適用されるものである」とされています。

業務上の事故で、当該労働者が死亡した場合に、遺族がいる場合には、遺族年金等が支給されます。

障害補償についても日本人同様に適用されます。

事業主は、パートタイマー、アルバイト等を問わず、労働者を1人でも雇っていると労災保険に加入しなければならず、労災保険料は全額事業主が負担しなければなりません。

会社には、保険給付の請求権があることを労働者本人や遺族に知らせ、労災の証明を出すなど協力義務があります。

もし、会社で取扱いに不安があるときは、労働基準監督署に相談します。

使用者が労災保険料を支払っていない場合でも、労働者から労基署へ申請できます。

なお、不法就労者が会社の所在地を管轄する労働基準監督署に対して労災保険支給申請をしても、少なくとも事実調査が終わるまでは、入国管理局に通報されない扱いとなっています。(平成2.10労働省通達)

ただし、言葉のハンデがあるため思わぬ障害にぶつかることもあり、権利行使にあたっては幾つかの注意が必要です。

三協マテハン事件 名古屋高裁 平成15.9.24

アルバイトとして1年以上従事していたインド国籍を有する控訴人が、メタルソー切断機で鉄パイプの切断作業中に回転している機械のメタルソーで右手を負傷したことにつき、会社の安全配慮義務違反が認められた。

ただし労働者側も安全性配慮が著しく欠いており、不注意による過失は大きいとされ、労働者側の過失を65%として過失相殺するのが相当とされた。

また、在留資格のない外国人である控訴人の逸失利益については、後遺症の症状固定時から少なくとも3年間は日本国内で就労する蓋然性を認め、それ以降はインドで就労し収入を得ることができたものと認めるのが相当とされた。

中島興業・中島スチール事件 名古屋地裁 平成15.8.29

不法就労外国人の逸失利益について、症状固定から3年間を日本で得ていた平均賃金により、以降を母国の全産業全年齢平均賃金によって算出することが相当とされた。

植樹園ほか事件 東京地裁 平成11.2.16

韓国国籍の原告は、就学資格で来日したが、資格喪失後も在留し、建設作業に従事していた。足場を固定する等の落下防止装置が講じられていなかったため、足場が落下し、大腿骨骨折。治療期間約7ヶ月(うち入院74日)を要し、後遺症も残った。

原告は下請会社に雇用されていたが、実際には元請会社が現場指示を行っていた。

裁判所は、元請会社の安全配慮義務を認め、損害額981万余円(うち慰謝料440万円)、弁護士費用100万円の総額1,081万円が認容された。

改進社事件 最高裁 平成9.1.28 東京高裁 平成5.8.31 東京地裁 平成4.9.24

パキスタン人が観光目的で入国し、製本業で働いていたが、右手ひとさし指を切断するという事故に遭った。

労災から休業補償給付13万余円及び障害補償給付164万余円を受け、さらに会社から17万余円の支払いを受けた。そのうえで、安全配慮義務違反による損害賠償を請求した。

第一審の判断

会社に安全配慮義務違反があった。不法就労者の休業損害を損害賠償として認めることは、公序良俗に反するとはいえない。

逸失利益について、3年間は日本国内の収入を、その後67歳までの39年間については日本円換算で月額3万円を認定した。ただし、本人の責任も一部認め3割の過失相殺を行った。

ただし、損害については労災保険給付によって補填されているので、慰謝料175万円と弁護士費用20万円を認容。

第二審の判断

一審を維持

最高裁の判断

原審を支持し、日本での就労可能期間は3年間を超えないとの判断は不合理ではない、とした。

ただし、労災から受けた特別支給金(35万3,787円)を損害賠償額から控除したことについては誤りであり、なお21万余円の損害賠償債務が残るとした。

Xの年齢、来日後の日本での滞在期間、Y社での稼働内容及び収入額などの事実のほか、Xのように短期在留資格で入国し、在留することのできる期間を経過した後も残留を続けて就労する者は、入管法により最終的には退去強制とならざるを得ず(入管法24条4号イ及びロ)、X自身についても特別に在留が合法化され、強制退去の処分を免れうるなどの事情は認められない等を総合すると、Xは、少なくともY社を退職した日の翌日から3年間は日本国内においてY社から受けていた実収入と同額の収入を、その後67歳までの39年間は日本円に換算して1ヶ月当たり3万円程度の収入を、それぞれ得ることができたと認めるのが相当である。

なお、入国自体が密入国のように強度の違法性を有するものである場合は、公序良俗に反するとされ、上記とは異なる判断が下されることもあると、第一審判決は述べている。

甲野製作所(ガーナ人・成形機事故)事件 東京地裁 平成5.8.31

ガーナ人労働者(26歳)が、小型射出成形機を操作中、左手を手首から切断。何らかの原因で、操作盤の手動スイッチが入ったため。防止措置が講じられていなかった。

原告は安全配慮義務違反につき損害賠償請求、妻の慰謝料請求を行った。

裁判所の判断

症状固定時から3年間は日本で得ていた収入と同額(年78万円)の収入を、その後67歳までは、日本円に換算して年14万541円の収入を得ることができたと認め、損失率を79%として41年分の逸失利益を算出すると329万5,826円となる。

これに慰謝料を加味し、過失相殺3割を減じると、財産的損害は356万円。ただし、労災からの補填により財産的損害はゼロとなり、精神的慰謝料350万円が残る。

妻に対する慰謝料請求権は認めなかったが、弁護士費用50万円を加え、400万円が認容された。

甲野製作所(イラン人・プレス機事故)事件 東京地裁八王子支部 平成4.11.25

短期在留資格で入国したイラン人が、プレス機作業中右手の4指を第二関節から切断。会社に対し損害賠償を請求した。

安全装置が作動していなかった。

裁判所は、原告がワーキングビザを有しないとしても、本件事故に遭遇しなかった場合、多くのイラン人同様、日本で稼働し続けた蓋然性が高いことから、2年間は日本に滞在し、同額の収入を得ることができたと認めるのが相当である。その後の収入は、イランにおける収入予想に基づいて算出するほかはない、とした。

日本における収入については、日額8,370円の45%、その後67歳に達するまでの収入は、日本の男子労働者の平均年収506万8,600円の15分の1の55%を損失したものと計算される。

そこで、利息を含めた逸失利益は542万4,806円であり、慰謝料、弁護士費用などを含め、808万余円を認容した。

適切な治療を受ける

第一に、適切な治療を受けることができる、医師や設備の整った労災指定病院で受診することが大切です。

病院の選択は、治療や労災の適用に影響を与えることも多く、周りの日本人がこの段階から助力することが求められます。

第二に、医師に対して、正確に被災の状況や症状を伝えなければなりません。

適切な治療をしてもらうためには、被災者と医師との意志疎通が重要です。コミュニケーションが不十分だと、不正確な診断の下に誤った治療や必要な検査が行われなかったりして、労災手続きに支障を来すことも考えられます。

また、カルテや診断書の作成にあたり、あとあと本人であることを確認できないといった事態に陥ることを避ける上で、生年月日、名前などを正確に記載しておくことが重要です。

労災手続き

外国人労働者の労働災害について、その事実を隠すために故意に死傷病報告書を提出しなかったり、被災者の外国人を日本人の名前で報告したり、事故内容や休業日数を虚偽に報告したりといった労災隠しが頻発しています。

他方、外国人労働者が、労災保険の手続きを知らず、事業主の協力が得られなかったり、不法就労の場合には、入管への通報、退去強制を恐れて労災申請にしり込みをするといった実態もあります。

労働相談のなかでは、当初の治療代は出してもらったが、その後の治療費は出してもらえないとか、休業補償が支払われないといった訴えがよく聞かれます。

労災保険を使わずに対応する約束をしたとしても、高額の治療費が必要になることが多く、約束が反故にされる結果となることが少なくないようです。

きちんと労災保険の適用を追求することが大切です。

関連事項:労災保険の補償・給付の詳細

聞き取り事項

1.一般的に確認が必要な事項

(1) 事業主の氏名、住所。法人であれば、商号、所在、代表者等
(2) 雇入れの開始日
(3) 従事していた業務の具体的内容
(4) 労働条件(賃金、労働時間)
(5) 事故の日時
(6) 事故の態様
(7) 傷害等の内容
(8) 治療経過
(9) 労災保険申請手続について、事業主の協力意思の有無

2.外国人固有の問題

(10) 現在の在留資格の有無、種類、期間
(11) 帰国の必要性ないし意思
(12) 大使館等の協力を得られるかどうか

事業主には協力義務被災者への助力義務、証明義務(労災保険法施行規則23条)がありますので、こうした場合には使用者の責任追及を行う必要があります。

事業主が申請について協力しない場合は、各申請書類の事業主記載欄を空白にしたまま、被災労働者の側で作成した理由書を添付して、労働基準監督署長に提出します。

また、外国人労働者がパスポートを事業主に取り上げられている場合がありますが、その際には、大使館等からその労働者の身元を確認してもらう必要が生じる場合があります。

なお、労働基準監督署に労災申請を行う場合、外国人被災者には必ず日本人が同行することが必要です。

その際、パスポートの提示を求められます。大使館等から仮パスポートの発行を得られれば、事実上便利です。

厚生労働省は、事実関係の調査が終了するまで地方入管局への通報は行わないとしていますが、申請に赴いた段階で通報された事例もありますので、少なくとも災害補償が確定されるまで通報しないことを、担当官に要請することが大切です。

ただし、事業主側に悪質性が強くある場合は、労基署は入管に申立を行うようですので、いずれにせよ、帰国する可能性を考慮に入れる必要があります。

なお、労災が認められれば、その労働者が強制退去により本国に帰国した後でも労災保険による年金の支給は行われます。


民事責任

労災保険でカバーされない場合は、民事訴訟を起こすことになります。

逸失利益や慰謝料を計算する場合、日本人の基準で考えるか、本国の基準で考えるかについては、判例は流動的で、逸失利益について、退社から3年分について日本基準にするとした最高裁判例(平成9.1.28)もあります。

交通事故による死亡事案で、慰謝料を受けるのは母国にいる家族なので、その国の水準でいい、とされた例もあります。

過失相殺

労働者に過失があった場合は、労働者への職業教育、労働条件の劣悪性、職場の作業管理体制などに照らして判断されなければなりません。

「実態は労働」研修来日の外国人男性が労災申請

国の「外国人研修生・技能実習制度」で来日し、労働とは区別されている研修期間中に機械で人さし指を切断したインドネシア人の男性(22)が「研修は名ばかりで実態は労働だった」として三条労働基準監督署(新潟県三条市)に労災申請していたことが1日、分かった。

外国人労働者らの支援を続けている民間非営利団体(NPO)の東京労働安全衛生センターによると、男性は2000年2月に来日し新潟県南蒲原郡の金属製品製作所に派遣された。

同年8月、プレス機械で作業中に左手人さし指を切断する事故に遭った。男性は研修生を対象にした保険制度で補償金56万円を支給されたが「月20時間以上残業し残業代も支払われた。明確な研修プログラムもなく、実態は労働者だった」として労災申請に踏み切った。

同センターは「研修とはかけ離れた安易な労働力として制度が使われている」と批判している。

NIKKEI NET (2002.4.1)

インドネシア研修生の人さし指切断、労災不認定変更せず

政府の「外国人研修生・技能実習制度」で来日したインドネシア出身の男性(22)が、研修中に左手人さし指のほぼ半分を失った事故をめぐり、新潟県の三条労働基準監督署は27日、労災申請の不認定決定に変更がないことを男性側に伝えた。

13日付の不認定決定の後、労働者の実態があったかどうかを検討し、27日までに回答することになっていた。

中嶋義博署長は「労働か研修かの判断がつかない部分もあったが、総合的に労働者との判断には至らなかった」と話している。

支援団体によると、男性は近く、新潟労働局の労災保険審査官に不服審査を請求する方針。

(asahi.com 2002.5.27)


ページの先頭へ