使用者に求められる責任

使用者責任について

民法第715条は、事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行につき第三者に加えた損害を賠償する責任がある、としています。

この使用者責任が問われるには、次の3つの要件が必要とされます。

(1) ある事業のために他人を使用すること。
(2) 被用者が、その事業の執行について第三者に損害を与えたこと。
(3) 被用者の行為が一般的に不法行為であること。

また、これらの要件を具備する場合でも、使用者が被用者の選任および監督について相当の注意を払ったとき、または相当の注意を払っても事故が発生し、損害を防ぐことができなかったであろうことを証明したときは、使用者は責任を負わなくてもよいとされています。(民法第715条ただし書き)


使用者の意思に基づく場合

不法行為責任

現実に人格権侵害行為を行った上司や同僚は、当然に不法行為責任(民法第709条)を負います。

企業の意思を体し、全会社的行為として行われたと認められる場合には、上司らの行為といえども、その企業の行為そのものと評価されます。

また、使用者は当該行為が使用者自身の行為と評価される場合には不法行為責任(民法第709条)を、使用者意思に基づき管理職を通じて人格権侵害を行った場合には、使用者責任(民法第715条)を負います。

不法行為について時効は3年です。立証責任は従業員側にあります。

債務不履行責任

使用者意思に基づく人格権侵害の場合には、使用者が債務不履行責任を負うと解することも可能です。

債務不履行について時効は10年です。立証責任は多くの場合原則として使用者にあるとされています。

職場環境配慮義務

使用者は、その従業員に対し、従業員が労務に服する過程を通じて、その生命および健康を害しないよう職場環境について配慮すべき注意義務を負います。労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳の侵害やその労務提供に重大な支障をきたす問題の発生を防ぎ、発生時には適切に対処して、働きやすい職場環境を保つよう注意しなければなりません。

セクハラについては、雇用均等法第21条に明記されていますが、この規定は長年にわたる判例による職場環境配慮義務によって確立されたものを明文化されたものですから、セクハラ以外のハラスメントに対しても妥当すると考えられています。

こうした職場環境に対して、注意すべき義務を怠ったときは、被用者に対する債務不履行責任(または不法行為責任)を求められることがあります。


使用者の意思に基づかない上司、同僚らによる人格権侵害

不法行為責任

使用者が行わせているとは見られない場合であっても、同僚らによるいじめやセクハラが「事業の執行について」行われた場合には、使用者は民法第715条に基づいて、被害者に対し損害賠償義務を負います。

債務不履行責任

使用者は、労務遂行に関連して、労働者の人格的尊厳が侵されその労務提供に重大な支障を来す事由が発生する危険がある場合には、これを防ぎ、またはこれに適切に対処して、職場が労働者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務があります(職場環境配慮義務)。

仮に従業員同士のケンカであっても、その動機が仕事のやり方をめぐるトラブルなど業務と密接に係わったものであれば、会社側の賠償責任も生じてきます。

ただし、当事者にも悪い点があれば、過失相殺はありえるところです。


使用者責任を認めた判例

(1) 少数組合員に対する共同絶交事案。
(中央観光バス事件 大阪地裁 昭和55.3.26)
(2) 希望退職に応じない労働者に、職場内で孤立させ、暴力行為や仕事差別を長期間行った事案。
(エールフランス事件 千葉地裁 平成6.1.26)
(3) 国労マーク入りのベルトを着用していた組合員に対して、用便に行くことも容易に認めず、就業規則全文の書き写しをさせた。
(JR東日本・本荘保線区事件 最高裁 平成8.2.23)
(4) 軽微な過誤に対し上司が執拗に始末書を求めるなどした。
(東芝府中工場事件 東京地裁八王子支部 平成2.2.1)
(5) 接触事故を起こしたバス運転手に除草作業を行わせた。
(神奈川交通中央事件 横浜地裁 平成11.9.21)

京都セクシュアル・ハラスメント(呉服販売会社)事件 京都地裁 平成.9.4.17

女子更衣室がビデオカメラで隠し撮りされていることを会社が放置しており、このことを理由に原告が朝礼で「会社を今は好きになれない。」と発言したところ、別の日の朝礼で会社の専務が原告に対して、今後も勤務も続けるかどうか考えてくるようにと発言をしたため、以降職場内の人間関係がぎくしゃくとし退職を余儀なくされた。

判決

被告会社は、雇用契約に付随して、「原告のプライバシーが侵害されることがないように職場の環境を整える義務」とともに「原告がその意に反して退職することがないように職場の環境を整える義務があるというべきである」とし、これらの義務を怠った会社には債務不履行責任があるとした。

また、専務個人にも不法行為による損害賠償義務を認めた。賠償額としては、退職による逸失利益(退職しなければ得られたであろう利益)として、180日分の賃金相当額(約79万円)、慰謝料として100万円(専務に対する関係では50万円)、弁護士費用15万円(専務に対する関係では10万円)を容認している。


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