就業規則の変更による切下げ

就業規則を一方的に不利益変更したとき

就業規則の不利益変更についての合理性については、次のような判断基準が考えられます。

(1) 改訂変更理由の合理性
(2) 変更手続きの合理性
(3) 変更内容の合理性(不利益の内容・程度)
(4) 適用上の合理性
(5) 不利益の緩和・代替措置の状況
(6) 社会的相当性等

就業規則の変更が合理的なものであれば、労働者もそれに拘束されます。

変更の合理性については、一律の判断基準はありませんが、裁判などでは次のような点により、合理性の有無を判断しています。(秋北バス事件 最大判 昭和43.12.25、大曲市農協事件 最3小判 昭和63.2.16、第四銀行事件 最2小判 平成9.2.28)

秋北バス事件 最高裁 昭和43.12.25

就業規則の作成又は変更によって既得の権利を失い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ、画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきである。

これに対する不服は団体交渉等の正当な手続による改善に待つほかはない。

第四銀行事件 最高裁 平成9.2.28

就業規則の不利益変更の合理性の有無は、具体的に就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経過、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般状況等を総合考慮して判断すべきである。

一方的に不利益に変更した場合、法令や労働協約に違反する部分は拘束できません。(労働基準法92条

また、違反しない部分であっても変更したことに合理性がなければ拘束できません。

(1) 労働者の受ける不利益の度合い

就業規則の変更により労働者の受ける不利益を考えるにあたって、賃金、労働時間などの変更による労働密度や生活リズムへの影響、家庭生活に及ぼす影響、労働者の将来設計への影響などをリアルにとらえることが大切です。

労働者の受ける不利益が大きければ大きいほど、変更の合理性・必要性に関するハードルは高くなります。

また、労働時間が延長されると保育園の送り迎えが難しくなるなどといった理由がある場合は、不利益性は特に著しくなります。

たとえ全体として合理性が是認されうる場合であっても、一部に耐えがたい不利益を生ずる場合には、不利益緩和の措置が必要になると考えられます。

(2) 業務上の必要性はあるか

変更しなければならない業務上の必要性があるか。特に、賃金などの主要な労働条件の不利益変更には、労働者に受忍させることを許容する「高度の必要性」があるか。

(3) 代償措置・不利益を緩和させる措置があるか

たとえば、定年の延長、特別融資制度の新設などがとられた場合には、就業規則の不利益変更は認められやすくなりますが、代償措置はあくまで付随的な事情として判断されることになります。

(4) 特定層のみが不利益を被るか

1.企業に従業員の多数を代表する労働組合がない場合、2.多数を代表する労働組合があったとしても、高齢者、女性やパートタイマーなどといった一部のグループのみが制度上特に不利益を受ける場合、そのグループの意見を聞き、その意見を十分に汲み上げて不利益の緩和を図るなど、関係従業員の利益を公正に調整したことが必要です。

(5) 労働組合と十分協議をしたか、あるいは労働組合は同意したか

この場合、実際の労使交渉の手続きやプロセスが特に重要です。

従業員の多数を組織する労働組合との間に交渉、合意を経て労働協約が締結されたときは、「変更後の就業規則の内容は労使間の利益調整がなされた結果としての合理的なものであると一応推測することができる」(第四銀行事件-最二小平成9.2.28)とされています。

(6) 同業他社と比較してどうか
(7) 多数労働者が賛成しているか

同意していない少数組合がある場合は、その組合と誠実に交渉したかも検討します。

「変更必要性」と「不利益」のバランスで判断

就業規則を使用者が一方的に変更した場合、または不利益な規定を就業規則に新設した場合に、それが反対の意思を表明する労働者を拘束するかどうかに関する判例理論では、就業規則変更の合理性が要件とされ、

変更の必要性労働者の不利益との比較衡量を中心とする総合判断の枠組みが示されています。

たとえば、賃下げについては、

退職金引き下げについては、

  • 倒産やリストラの回避
  • 定年延長 などの代償措置を講じたかどうか

で合理的かどうか、判断されることもあります。

以下のような要素を賃金制度変更の合理性判断のポイントした判例もあります。(アーク証券事件 東京地裁 平成12.1.31)

(1) 代償措置その他関連する労働条件が改善されていること
(2) 適切な経過措置がとられていること
(3) 労使間の利益調整の結果であること
(4) これらが認められないとすれば、企業存亡の危機にあるなど高度の必要性が存在すること

参考判例リスト

就業規則の不利益変更の合理性を肯定した判例

  • 秋北バス事件(最高裁 昭和43.12.25)
  • 大曲市農協事件(最高裁 昭和63.2.16)
  • 第四銀行事件(最高裁 平成9.2.28)
  • 名古屋学院事件(名古屋高裁 平成7.7.19)
  • 羽後(北都)銀行上告事件(最高裁 平成12.9.12)
  • 函館信用金庫上告事件(最高裁 平成12.9.22)

就業規則の不利益変更の合理性を否定した判例

  • 御国ハイヤー事件(最高裁 昭和58.7.15)
  • 朝日火災海上保険事件(最高裁 平成8.3.26)
  • 大阪府精神薄弱者コロニー事業団事件(大阪地裁堺支部 平成7.7.12)

変更の手続きが適正か

変更に拘束されるかどうかと同時に、手続面からも検討します。

就業規則を変更する場合、使用者には労働者の意見聴取、変更、周知、届出義務があり、就業規則の変更の場合にはこれらすべてが効力発生要件になると考えられます。したがって、これらの手続きが一つでも欠ければ就業規則の変更は無効になります。

新たに就業規則を制定して既往の労働条件を不利益に変更する場合も、同様に考えてよいでしょう。

就業規則の変更には労働者の過半数の代表者の意見を聴いた上で、その意見書を添付して労働基準監督署へ届け出ることが必要です。こうした手続きを踏んでいない場合は、無効です。

変更受入れが避けられない場合であっても、「異議を留めた承諾」「不同意であった事実確認」を証明できる証拠を残しておくことが必要です。


変更後の就業規則に拘束力がない場合

労働者は変更前の就業規則の条項による労働条件で処遇される権利を有しています。

例えば、賃金切下げの事案の場合、切下げられた部分についての賃金請求権を持つことになります。

所定労働時間延長のケースでは、変更前の所定労働時間に基づいて計算した割増賃金の請求権が発生します。

賃金制度に関する判例

牛根漁業協同組合事件 鹿児島地裁 平成16.10.21

被告漁協の職員の定年は、当時、就業規則で満58歳とされており、高年齢者雇用安定法により60歳以上の定年制が義務化された平成10年4月1日以降も、就業規則の変更をしていなかった。しかし、原告が平成12年12月に満58歳となることから、12年10月、定年を60歳として就業規則を改正した。

この際に、基本給が70%に引き下げられた(原告の当時の基本給39万円が27万円となった)。

原告は、労働条件の不利益変更にあたり、代償措置や経過措置がないこと、人件費削減の効果の検討が不十分なこと、高齢者のみの基本給減額の合理性に疑問があることなどから、合理性がなく無効であるとし、賃金の差額請求を認めた。

裁判所は、高齢を理由とする基本給減額を認めるに足りる証拠がないとし、原告は、58歳到達時以降も直前と同様の条件で雇用されていることを認めた。

その根拠は以下のとおりである。

(1) 専任職規程制定、就業規則変更は原告にとり不利益変更となるか

高年齢者雇用安定法の改正により、60歳定年制が義務化され、平成10.4.1以降、58歳の定年を定める就業規則の当該部分は無効となり、定年制の定めがない状態になっていたと解される。

法律上、労働契約が継続することを当然に主張できること、就業規則には賃金減額の規定はなかったことから、原告は58歳以降も、その直前と同一条件で雇用されることについて、合理的な期待があり、本件専任職規程の賃金減額条項はそれに反するもので、労働条件の不利益な変更を定めたものと認められる。

よって、本件専任職規程は就業規則としての性質を有し、賃金、退職金など労働条件に不利益を及ぼす就業規則の作成・変更については、不利益を労働者に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容である場合に効力を生じるものである。

(2) 専任職規程の賃金減額条項に合理性があるか

  1. 賃金減額に対する代償措置がなく、職務内容は変わらず、減額=賃金引き下げとなる。
  2. 基本給が賞与、退職金等の算定根拠となり、労働者にとって不利益が大きい。
  3. 経過措置などがない(平成12年に決定、13年1月から適用)。
  4. 人件費削減の効果などの検討をせずに30%減に決定している。
  5. 他の従業員、理事、監事の賃金、報酬等がその後数年間削減されておらず、高齢者に対してのみこの幅で減額する合理性に疑問。
  6. 原告は減額に反対していたが、被告が経営上の観点その他から賃金減額の必要性を説明したとは認められない。従業員代表は制度化されたものでなく、従業員間で意見交換をした上で、代表として意見を述べたとは言えない。

(3) 未払賃金額

賃金減額条項は無効のため、平成13年1月以降も57歳と同額の賃金を得ることができる。昇給については、規則等がなく、慣例もないため、平成13年1月以降昇給があったことは認められない。

減額前(57歳当時)の基本給である39万1,000円を前提として算定した、基本給、休日手当、賞与、期末手当、退職金と実際に支払われた額の差額請求及び遅延損害金請求を認める。

結果として、賃金及び退職金の差額1,063万円+利息(年5%)が認容された。

日本航空(機長管理職 長時間乗務手当)事件 東京地裁 平成15.10.29

機長らに対して支払われる管理職長時間乗務手当を切下げる賃金規程及び手当規程の改定には合理性が認められないとされ、現実に支給された手当と変更がなかった場合の手当との差額(1人平均年額137万円強)の支払請求が認められた。

第三銀行(複線型コース人事)事件 津地裁 平成16.10.25

コース選択制導入と55歳以上の行員に対する専任制度移行、業績比例給・賞与制度の導入が行われた。

近隣他行と比べて55歳以上の比率が多く、組織改革による賃金抑制が必要だったことに加え、経営指標が近隣地銀の中で下位を低迷しており、金融機関の競争が激化していること、銀行の場合いったん信用不安に陥れば急激な経営悪化をもたらすから、高度の経営上の必要性があること。5.6~7.9%の賃金減額は不利益の程度としてはさほど大きくないこと。支給額は他行よりも多く、津市の標準生計費と比して少ないとはいえないこと。多数派組合と協議を尽くしていること、などから、合理的内容として効力を有するとされ、差額賃金請求が棄却された。

日本ドナルドソン青梅工場事件 東京高裁 平成16.4.15

会社は能力型賃金体系を採用した。この結果、配置転換と55歳以上の者に対する給与調整規定に基づく賃金減額(月額41万円→21万円、賞与)が争われた。

裁判所は、減額が合理的範囲内かという判断にあたっては、不利益の程度、労働者側の能力や勤務状況と使用者の対応、経営上の必要性、代替措置の有無、交渉の経緯などを総合考慮すべきであるとした。経営上の必要性が直ちに生ずるような状況にはなかったし、55歳到達時に退職金を支給したことも代償措置になるわけでもないので、減給措置に合理性はなく、原告の同意もなかったので、無効とされた。

就業規則に異動に伴う賃金減額が定められていても、配転によって実質的に仕事の内容が変わり、給与減額と合理的な関連を持たなければ、従前とは差がないので、賃金減額が直ちに有効となるものではないと考えられた。

ノイズ研究所事件 横浜地裁川崎支部 平成16.2.26

原告らは、昭和50年代から平成にかけての採用であり、年齢的には30代末から40歳台である。労働組合員だが従業員の過半数以下。

若手の従業員から、賃金制度についての不満が出て、制度改正となった。

これまでの賃金制度は年功序列型だったが、これを成果主義賃金制度 に変更した。年齢給部分の上限が満40歳から30歳に引き下げられると同時に、上限額も引き下げられた。

査定の結果、月額給与22~14%程度のダウン、役職手当のカット、関東地域の勤務者の地域手当が廃止、ボーナスがポイント制に移行し、減少。

会社は従業員代表との話し合いにより就業規則を改正し、労働基準監督署に届出たので、問題ないと主張。

裁判所は、年功序列型の賃金体系を成果主義賃金体系に改める就業規則改定は、倒産等の差し迫った必要性とまでは認められないものの、国際競争力等を勘案すると合理性はあるとした。

しかし、賃金総額は増加したが、一部従業員の給与は減少している。一部の犠牲をもってもなお合理性があるか検討する必要がある。

導入後2年間は、本給部分について差額補填措置が設けられているが、あまりにも短く不合理である (1年目100%補償→2年目50%補償→3年目ゼロ)。住宅ローンや学費等などへの考慮も必要。

昇格要件の緩和がされたとしても、不利益が緩和されない者がいる。諸手当不支給や退職金の代償措置は何ら設けられていない。

代償措置が不十分であり無効とされた。

イセキ開発工機(賃金減額)事件 東京地裁 平成15.12.12

能力・職務重視の賃金体系への変更のため、従業員の能力再評価が必要とされた。

会社は、原告をはじめ全労働者から新制度に関する個別の「同意書」を取得したうえで、就業規則を改定した。

この結果、原告は11万円あまり(約31%)の減額となった。

会社側は、経過措置として3年間にわたって合計192万円あまりを支払っていたが、原告は女性差別を含めて、格付けの無効を求めた。

裁判所は、女性差別の主張を否定し、31%の減額は人事考課の趣旨をはみ出しているとしながらも、「同意書」を根拠に、新規則の適用を認めた。

ニプロ医工事件 前橋地裁 平成15.10.24

夫婦が勤務していた場合も住宅手当が双方に支給されていたが、賃金規程を変更し「住宅手当を受給している従業員の同居家族は除く」という規定とした。少数派組合が反発し提訴。

裁判所は、不利益の度合いが僅少であるとはいえないとして、月額4000円の住宅手当不支給は、原告らの同意がなければ無効と判断した。

キョーイクソフト事件 東京高裁 平成15.4.24

賃金制度改定により、基幹職の昇給停止と、一般職の能力評価による定期昇給を実施する制度を導入。原告らは約6万円月額給与が低下(緩和措置を含む)。

会社は未収金が発生しているから経営状況に問題があると即断することはできないし、年功型賃金により若い世代の不満が表出して経営に悪影響を与えていたと言いうるか疑わしく、賃金の是正が差し迫った事情として存在したというのは困難である。不利益緩和措置も2万円を補填するものに過ぎない。変更の経緯も急激で、使用者からの一方的説明しかなされていない。変更する経営上の必要性は否定できないが、これに必要な原資をもっぱら高年齢層の犠牲により調達したものであり、高度の必要性は認められないとされた。

ハクスイテック事件 大阪高裁 平成13.8.30

年功賃金制度を能力賃金制度に移行(年功8割→職能8割)。2年半の施行期間と、1~10年の差額補填が用意された。

裁判所は、不利益変更は原則的には許されないとしながらも、その変更の内容が、不利益の程度を考慮しても合理性があり、労働組合とも合意には至らなかったが十数回の団交を行ったことなどから、変更が有効だとされた。 実際8割の従業員は増額となった。

成果主義賃金制度が合理性を有しないとの主張は採用できないし、中高年を狙い打ちにしたものともいえない。

また、将来の退職金ダウンについては、それが原告が退職して初めて発生することなので、未だ具体的な債権として存在しないと判断した。

アーク証券事件 東京地裁 平成12.1.31

原告は経験25年及び15年の営業社員。

給与の決め方が変更され、それまでの基本給が職能給となり職務資格に基づき決定されるようになったが、役職が下げられ、連動する資格等級の取扱いに伴い、格付を引下げられ、 段階的に減給となった。7年間で賃金総額は、60万円→21万7千円、54万5千円→19万5千円へと減少。

判決は、このケースの降格について、人事権の行使として行われる「降格」ではなく、同じ職務にあるにもかかわらず賃金を引き下げる措置であり、労働者との合意がないゆえ、無効とし、差額賃金の支払いを要するとした。

希望退職者募集や整理解雇を行っていないのに、人員が平成3年418人から平成10年には171人まで減っていることなども、賃金減額による影響だとされた。

〔判断基準〕

  • 変更の必要性・・・手数料の激減により営業収益等が悪化し、給与減額の必要性があったことは認められる。
  • 変更の合理性・・・旧賃金制度の変更にあたり代償措置等が取られておらず、適切な経過措置もない。就業規則変更にあたっての従業員代表の選出にも問題がある。経営が悪化したとはいえ、変動賃金制を導入しなければ企業存亡の危機だったとはいえない。

安田生命保険事件 東京地裁 平成7.5.17

会社が市場拡大のため全営業職員について市場開発、顧客管理制度を新たに実施し、就業規則の変更により集金関係給与の減額が生じたが、新たな制度の実施が急務かつ必要不可欠であったこと、制度内容が適切なものであったこと、営業職員給与の固定的・比例的給与が引き上げられたこと、組合との交渉の状況など総合勘案して、合理性を認めた。

大輝交通事件 東京地裁 平成7.10.4

タクシー運賃の改定に伴い多数組合との賃金協定の締結を経て行われた賃金改正につき、その内容が労働者の賃金原資を浸食するものであり、運賃改訂時の労使上部団体の約定に反すること、十分な協議を経ずに会社の経営上の要求を一方的に押し通そうとしたのであることから、合理性がない。

熊谷組事件 東京地裁 平成16.3.31

会社には転職支援制度があり、満55歳以上かつ勤続15年以上を条件として、独立自営を希望する従業員の活動支援制度があった。その内容は、会社との間で非常勤嘱託契約を締結しつき20万円の手当てで働くというもので、委嘱年齢限度が満60歳とされていた。

しかし、会社の経営状態の悪化が続き(金融機関への債務免除が請求中)、このまま支援制度を継続すると約4億6,000万円の費用が要することがわかり、原告らに対し、非常勤嘱託契約の更新拒否が通知された。原告は賃金の支払いを求めた。

裁判所は、満60歳になるまで月額20万円の支給が約束されているとは認められないとして、原告らの請求を棄却した。

東日本電信電話事件 東京地裁 平成16.2.23

業績評価により査定でD評価(最低)を受けた。退職金についても査定が反映された。原告は、自分がC評価を受ける権利があると主張した。

裁判所は、評価が社会通念上著しく不合理である場合に限り、権限の濫用となるとしたうえで、原告がコンピュータソフトの操作ができなかったこと、作業の速度や正確性、他業務への支援に問題があったことなどを指摘し、D評価は妥当だとした。

エーシーニールセン・コーポレーション事件 東京地裁 平成16.3.31

営業譲渡後の成果主義賃金体系の導入により、減給。

目標管理自体が不公正とはいえないし、従業員への告知と意見表明の機会も保障されていたから、特段の不合理性・不公正性も認められない、として差額賃金の請求が棄却された。

セフテック事件 東京地裁 平成16.3.9

年俸制社員から給与制社員に移行後、降格に伴い賃金減額となった。

被告会社の職能資格制度は、職位と職能等級が密接に関わっており、職位の下降に伴い減給も当然予定されているので、有効とされた。

光和商事事件 大阪地裁 平成14.7.19

入社時の契約で固定給とされていた者に、就業規則により、同意がないまま歩合給を導入した。

差額賃金の請求が棄却された。

成果主義導入には営業社員へのインセンティブ付与という合理的理由があり、これにより給与が上がった社員がいることからすると、ただちに不利益な賃金体系であるということはできない。

従業員からは苦情はなく、むしろ歓迎の声があったこと、原告らも変更後の賃金を受領しており、黙示の承諾があったといえる。

光洋精工事件 大阪高裁 平成9.11.25

職能資格給制度導入に伴う年功型賃金制度の変更による賃金減額。

人事考課にあたっては使用者の裁量判断の幅が大きく、評価の前提に錯誤があるとか、動機に不当な点があるとか、重視すべき事項をことさら無視し、些細な点を重視するなど社会通念上著しく妥当性を欠く場合は無効となるが、本件ではこれが認められない。

定年制度・高齢者雇用と退職金に関する判例

NTT及びNTT西日本事件 大阪高裁 平成16.5.19

55歳に達した副参事は退職しない限り「特別職群」に移行し、年約30%賃金が減額する事案で、変更の合理性が否定された(逆転勝訴)。

裁判所は、

(1)賃金の減少の程度が大きく

(2)管理職55歳定年制の人事慣行は存在せず

(3)特別職群に移行したとしても、担当職務が変更するわけでない

(4)他の職種に比して不利益が大きい

という理由で、労働者の同意がないままに新制度を導入しようとしたことにつき、無効とした。

名古屋国際芸術文化交流財団事件 名古屋地裁 平成16.4.23

55歳を超える労働者に対して本給を60%に減額するとし、退職金について、自己都合退職の場合に金額を削減するとする賃金規程の変更が、減額率も高く、重大な不利益を及ぼすものであること、不利益性の代償措置も不十分であること、差し迫った必要性から行われたといえないこと、などから合理性があるとはいえず無効とされた。

賃金および退職金について、減額前の額との差額および遅延損害金の支払いが命じられた。

一橋出版事件 東京地裁 平成15.4.21

60歳定年制の施行に伴い、58歳以降の賃金を15%減額した。差額分(約380万円)を請求。

裁判所は、雇用条件決定権に基づき賃金を一方的に変更することができる等との会社の主張を退け、一方的な減額が無効であるとした。

定年退職者を再雇用する場合とは同列には扱えないとの判断となった。

みちのく銀行事件 最高裁 平成12.9.7

55歳以降の管理職層についてだけ定年までの5年間で最大1,250万円もの減額を求めた案件。

裁判所は、「減額幅が大きいこと(労働者の被る不利益が重大であること)」を強調し、それに比べて55歳以降でも労働時間や職務内容には変化がないこと、代償措置も数十パーセントの賃金削減を補うようなものと評価できないこと、経過措置もこの程度では救済措置として不十分なこと、約73%を組織する多数派組合が同意していることも不利益性の程度や内容を勘案すると合理性判断に際して大きな考慮要素と評価できないことを強調して、合理性がなく給料カットは無効としている。

大阪厚生信金事件 大阪地裁 平成12.11.29

58歳以降60歳までの30%の給料減額を、無効と判断。

八王子信用金庫事件 東京高裁 平成13.12.11

57歳以降の賃金を約23%減額したことを、無効と判断。

大阪府精神薄弱者コロニー事業団事件 大阪地裁堺支部 平成7.7.12

定年63歳から60歳定年制への引き下げおよび58歳からの昇給停止の就業規則改正は、事業の運営上改正の高度の必要性はなく、代償措置も極めて不十分であり合理性がない。

青森放送事件 青森地裁 平成5.3.16

定年を55歳から60歳に段階的に延長する代わりに、賞与を50%カットするという案件。

裁判所は、その合理性を認めた。

本件半額条項(※賞与を半額とする条項)は、被告において、本件段階的定年延長制の実施に伴い、賃金体系の見直しの一環として、これを導入する必要性があり、これにより、被告における55歳以上の従業員の賞与は54歳以下の従業員の支給方式によって計算された基礎支給額の50%支給されるにとどまるものの、月例賃金を合わせた給与総額の20%未満にとどまるものである上、本件段階的定年延長制により段階的ではあるが55歳以降も勤務を続けることが可能となり、しかも退職金支給額も増加することや被告以外の会社の55歳以上の従業員に対する給与の支給状況等を考慮すると、本件半額条項は合理性を有するものということができる。

大曲市農協事件 最高裁 昭和63.2.16

退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益変更を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度な必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。

兼松(男女差別)事件 東京地裁 平成15.11.5

専任職賃金カットを含む覚書は、定年延長に際し、被告の経営状態を踏まえ、定年延長に伴う人件費の増大等を抑制するために締結されたものといえるから、年齢、性による差別(民法90条違反)とはいえない。

日本貨物鉄道事件 名古屋地裁 平成11.12.27

定年を60歳に延長するため55歳以降の基本給を65%ないし55%に減額し、定期昇給や昇格も行わないとの不利益変更を有効とした。

第四銀行事件 最高裁 平成9.2.28

55歳定年(58歳までは定年後在職制度がある)を60歳に延長するに際して、55歳以降の給与と賞与を削減した(毎年平均314万円を3年間カット)。

なお、55歳から60歳までの合計賃金額は、旧定年制下で55歳から58歳までの定年後在職制度により受給する合計賃金額とほぼ同額である。

行員の高齢化の状況から従前の定年である55歳以降の賃金水準を見直し変更する必要性が高度なものであったこと、変更後の55歳以降の労働条件は定年を60歳に延長した多くの地方銀行とほぼ同様であること、その賃金水準も他行の賃金水準や社会一般の賃金水準と比較してかなり高いこと、行員の約90%で組織されている組合との交渉・合意があること、などの諸事情を総合考慮して合理性を肯定した。

秋北バス事件 最高裁 昭和43.12.25

従来、定年制の適用がなかった管理職の従業員について、就業規則を変更して満55歳の定年を定め、既に満55歳に達していた従業員に対し退職を命ずる旨の解雇を通知した。

新たに定年を定めたことは右従業員の既得権侵害の問題を生ずる余地のないこと、定年制は、人事の刷新、経営の改善等、企業の組織および運営の適正化のために行われるものであって、一般的にいって、不合理な制度ということはできず、55歳という定年は、わが国産業界の実情に照らし、かつ、当該会社の一般職種の定年が50歳(※注)と定められていることの比較均衡からいっても、低きに失するものとはいえないこと、本件就業規則条項は、定年に達したことによって自動的に退職するいわゆる「定年退職」制を定めたものではなく、定年に達したことを理由として解雇するいわゆる「定年解雇」制を定めたものと解するべきであり、同条項に基づく解雇は、労基法20条所定の解雇の制限に服すべきものであること、さらに、必ずしも十分とはいえないにしても、再雇用の特則が設けられ、同条項を一律に適用することによって生ずる過酷な結果を緩和するみちが開かれていること、しかも、現に右従業員に対しても、会社から、その解雇後引続き嘱託として採用する旨の再雇用の意思表示がなされており、また、右従業員ら中堅幹部をもって組織する「輪心会」の会員の多くは、本件就業規則条項の制定後、同条項は、後進に道を譲るためのやむを得ないものであるとして、これを認めていることから、以上の事実を総合勘案すれば、本件就業規則条項は、けっして不合理なものということはできない。

※注:現在の法規下では60歳以下の定年制を設けることは許されていない。

学説では、こういった理由に加えて、特に大きな不利益を被る一部の労働者に対する特別の経過措置(激変緩和措置)が必要だという意見もあります。

解雇という圧力手段を用いながら契約内容=労働条件の変更を迫るということは、本来解雇権の濫用となり、また労働条件対等決定の原則(労働契約法第3条)にも反することになり許されません。


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