労働協約による労働条件切下げと労組法


労働協約が適用されるという場合、次の2つのケースが考えられます。

  1. 労働組合法第16条は、「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は無効となり、無効となった部分は労働協約上の基準の定めるところによる」と規定しています。
    この規範的効力の規定との関係で、労働協約締結により「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」が不利益に変更された場合、それよりも有利だった労働契約は無効とされ、協約が定めた不利益な水準となってしまうのかという問題が生じます。
  2. 労働組合法第17条は、「一の工場事業所に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは、当該工場事業所に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用される」としています(労働協約の一般的拡張適用)。

そこで、4分の3以上の労働者を組織する多数組合が不利益な労働協約を締結した場合、非組合員や少数組合の組合員の労働契約も、協約が定めた不利益な水準となってしまうのかという問題が生じます。

関連事項:労働条件の不利益変更


不利益な労働協約も締結可能

労働組合は、原則として労働者に不利益な事項についても労働協約を締結しうるし、その協約は当該組合員を拘束すると考えられています。

というのは、団体交渉はバーター取引で、労働組合としては組合員の利益を長期的・全体的に擁護しようとして、それ自体では不利益にみえる協約も締結するものだからです。

しかし、労働組合の有する協約締結権も決して無制限ではありません。労働組合には決定権限・締結権限が必要です。

条項の性質や内容によっては、締結した労働協約の効力は協約より有利な労働契約に及ばず、影響を受けないことが考えられます。

  1. 組合大会や組合員一票投票による特別の授権を要する場合。
    例えば、会社再建のための賃金の引下げ、労働時間延長、人員整理方針など、異常事態に対処するための労働条件や雇用に関する異例な集団的措置の実施に関する協約など。
  2. 集団的授権では足りず、個々の労働者の個別的事件が必要な場合。
    例えば、すでに発生している賃金請求権の放棄など個人の権利の処分や特定の組合員の雇用の終了に関する協約など。

強行法規に違反する場合や公序良俗に違反する場合は、締結した労働協約の効力は協約より有利な労働契約に及ばず、影響を受けません。


非組合員の場合(どの労働組合にも属さないとき)

原則として労働協約の適用はなく、より有利な労働契約は維持されます。

4分の3以上の労働者を組織する多数組合が不利益な労働協約を締結した場合、裁判例には、拡張適用が著しく不当と考えられる特段の事情のないかぎり不利益な規定も拡張適用されるとしているものがあります。(東京商工リサーチ事件 東京地判 昭和59.9.13)

協約締結権の限界を超えた場合、強行法規に違反する場合や公序良俗に違反する場合は、締結した労働協約の効力は協約より有利な労働契約に及ばず、影響を受けません。


少数組合の組合員の場合

原則として労働協約の適用はなく、より有利な労働契約は維持されます。

4分の3以上の労働者を組織する多数組合が不利益な労働協約を締結した場合については、学説も裁判例も肯定・否定に分かれています。

肯定説

  1. 労働組合法第17条には、少数労働者が組合を結成している場合には適用を除外する明文の規定がない。
  2. また、拡張適用を認めても少数組合がより有利な解決を求めて団体交渉・争議行為をすることは自由であるから、少数組合の自主性を奪うことにもならず、むしろ弱い少数組合の保護に資することになる。

否定説

  1. 少数組合の組合員にも多数組合の労働協約が拡張適用されるとすれば、少数組合は多数組合の協約の成果を自動的に利用できるとともに、それに満足しなければより有利な労働協約を求めて団体交渉・争議行為ができることになる。
  2. 他方で、肯定説は多数組合の団体交渉権を少数組合の団体交渉権に優越させ、少数組合の団交上の独自の立場を侵害する結果となる。

神姫バス事件 神戸地姫路支判 昭和63.7.18

労働組合の有する団体交渉上の決定権限も無制限ではなく、個々の労働者に任されるべき権利の処分などの事項については当然その効力が及ぶものではないし、一定の労働者に対して賃金の切下げになるなど著しい労働条件の低下を含む不利益を認容する労働協約を締結するような場合には個々の労働者の授権まで必要とはいえないけれども、労働組合内部の討議を経て組合大会や組合員投票などによって明示あるいは黙示の授権がなされるなどの方法によって、その意思が使用者と労働組合との交渉過程に反映されないかぎり組合員全員に規範的効力が及ぶものではないというべきである。


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