健康管理責任に関する判例


健康管理問題が訴訟となった事件については、以下のものがあります。

NTT東日本事件 札幌地裁 平成17.3.9

従業員であったAが急性心筋虚血により死亡したのは、会社において安全配慮義務に違反してAに時間外労働をさせ、かつ宿泊を伴う研修等に従事させたことが原因であるとして、不法行為または債務不履行に基づく慰謝料支払を求めた。

裁判所は、Aの業務と死亡との間には因果関係の存することを認めた。

会社は、比較的安定していたAの生体リズム及び生活リズムに大きな変化を招来し、これを壊しかねない本件研修への参加をやめさせるべきであったというべきであり、それにもかかわらずAを本件研修に参加させた過失がある。

榎並工務店(脳梗塞死損害賠償)事件 大阪高裁 平成15.5.29

労働者自らも健康に注意する義務があり、これにより使用者の賠償額が減額された事案。

使用者は労働者に対し、安全配慮義務を負っており、労働者の健康状態を把握したうえで、同人が業務遂行によって健康を害さないよう配慮すべき第一次的責任を負っているから、労働者の身体的な素因等それ自体を過失相殺等の減額事由とすることは許されないが、健康の保持自体は、業務を離れた労働者個人の私的生活領域においても実現すべきものであるから、使用者が負う第一次責任とは別個に、労働者自身も日々の生活において可能な限り健康保持に努めるべきであることが当然である。

死亡した労働者は、予防検診で、心房細動により治療を必要とするとの所見を医師から示されており、それ以前から、心房細動同様に胸内苦悶や不整脈といった心臓由来の疾病に罹患した経験を有していたのであるから、上記健診で指示された治療等を受けるべきであったにもかかわらず、労働者は本件脳梗塞が発症するまで心房細動等について治療を受けなかったものであり、労働者が上記治療を受けていれば本件脳梗塞の発症を回避し得た可能性が相当程度あることは否定しがたい。

本件における業務の過重性の程度や労務提供期間、その他労使双方の諸般の現状を総合考慮して、労働者が使用者の安全配慮義務違反により被った被害額から4割を減じた額(3分の2減額するとした一審判決・大阪地裁平成14.4.15を変更)について使用者は賠償責任を負うとされた。

京都簡易保険事務センター嫌煙権事件 京都地裁 平成15.1.21

原告Aは1日100本程度のタバコを吸うヘビースモーカーだったが、禁煙した。それ以来、喫煙室からのタバコの煙や臭いを感じると気分が悪くなった。

原告Bはタバコの臭いを感じると、激しい頭痛と悪心といった自覚症状を有し、平成11年6月に気管支喘息との診断を受けた。また、平成13年5月、タバコ煙に含有する化学物質を要因とする化学物質過敏状態による中枢神経・自律神経機能障害が持続している旨の診断を受け、更に平成14年5月にも同様な診断を受けた。

裁判所は、受動喫煙を拒む権利も保護に値するとしながらも、センターの現状程度の分煙をもって、原告らに対する安全配慮義務に違反し、違法であるとまではいえないとした。

南大阪マイホームサービス事件 大阪地裁堺支部 平成15.4.4

過重な業務による精神的、肉体的な負荷や疲労の存在および蓄積が、課長の基礎疾患たる拡張型心筋症をその自然の経過を超えて増悪させて、急性心臓死に至ったものとして、課長の業務と死亡との間に相当因果関係が認められた。

会社および代表者は、課長の業務の内容や量の低減の必要性およびその程度につき検討した上、課長の就労を適宜軽減して心身の健康を損なうことがないように注意すべき義務に違反した過失が認められるとして、課長の死亡と業務との間に相当因果関係が認められるから、不法行為による責任を免れない。4,000万円の支払いが命じられた。

システムコンサルタント事件 東京高裁 平成11.7.28 東京地裁 平成10.3.19

健康診断の結果、毎年高血圧の診断を受けていたコンピュータのシステムエンジニアのチームリーダーが、長時間かつ責任の重い勤務に従事して発症したとするもの。

第一審は、安全配慮義務について次のように述べ、被告の責任を肯定した(ただし、被災者の素因や治療を行っていないことについて、損害額50%を減額した)。

「労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適切な労働条件を確保し、さらに、健康診断を実施した上、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等適切な措置を採るべき義務を負うというべきである。」

「そして、高血圧患者に、脳出血などの致命的な合併症を発症する可能性が相当程度高いこと、持続的な精神的緊張を伴う過重な業務は高血圧の発症及び増悪に影響を与えるものであることからすれば、使用者は、労働者が高血圧に罹患し、その結果致命的な合併症を生じる危険があるときは、当該労働者に対し、高血圧を増悪させ致命的な合併症が生じることがないように、持続的な精神的緊張を伴う過重は業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をするべき義務がある」

空港グランドサービス・日航事件 東京地裁 平成3.3.22

航空機内のクリーニング作業に従事していた従業員が、腰痛を起こした。使用者に安全配慮義務があったとして、会社に損害賠償を求めた。

使用者が指定する医師の診療を求めたときは、従業員はそれに応ずる義務があるとされた事案。

使用者である会社は、被用者に対して、雇用義務に付随する義務として、作業に従事する被用者の健康保持についてはもとより、被用者が、業務に従事すると否とにかかわらず健康を害し、そのため当該業務にそのまま従事するときには、健康を保持する上で問題があり、もしくは健康を悪化させるおそれがあると認められるときは、速やかに被用者を当該業務から離脱させて休養させるか、他の業務に配転させるなど、従業員の健康についての安全を配慮すべき雇用契約上の義務がある。

・・・会社の嘱託医による腰痛患者に対する診療は、会社がその被用者に対する安全配慮義務を尽くすための一つの手段であると評価することができ、嘱託医による腰痛患者の診療は会社の義務に属する。

・・・被用者が使用者の指定した医師を希望しない場合には、被用者は他の医療機関を選択しうると解すべきであるが、被用者の選択した医療機関の診断結果について疑問があるような場合で、使用者が右疑問を抱いたことなどに合理的な理由が認められる場合には、使用者は、被用者への安全配慮義務を尽くす必要上、被用者に対し、使用者の指定する医師の診療も受けるように指示することができるというべく、被用者はこの指示に応ずる義務がある・・・

一部認容、一部棄却

京和タクシー事件 京都地裁 昭和57.10.7

タクシー運転手が就業時健康診断で「左肺浸潤の疑・要精密」という診断結果が出たにもかかわらず、使用者が本人にそのことを告知せずにいたため、増悪した結果、肺結核に罹患したという事案。

裁判所は損害賠償責任を肯定。

川西港運事件 大阪高裁 昭和59.10.19 神戸地裁 昭和58.10.21

高血圧症の基礎疾患のあるフォークリフトの運転手が作業を行っていたが、業務の終了後の職場内でふるまい酒を飲んでいたことも原因となって脳内出血の発生で死亡した。

控訴審では、使用者の責任が次の理由から否定された。

「A(被災者)は高血圧症であったが、

(1)健康診断を実施した医師から勤務上の注意事項についての指示がなされていなかった

(2)Aは上司に対して高血圧については治療中であるとウソを言っていた

(3)高血圧症に基づく身体的異常の発生はなかった

(4)フォークリフト運転に基づく身体的異常もなかった

(5)Aから仕事を軽減してほしい旨の申出がなかったところ、Aに対して、どの程度の仕事をさせるのが適当であったのかを認めるに足りる証拠がない

このことから控訴人(使用者)がAの仕事を軽減せず、配置換えをしなかったことが、雇用契約上の安全配慮義務違反に該当するものとは認められない。

従業員へのふるまい酒は、強制ではなく、飲むか飲まないかは各人が自己の健康状態等を勘案して自主的に決めることであるから、Aに対する安全配慮義務違反にはならない。」

観光日本損害賠償事件 大津地裁 昭和52.2.9

使用者が被用者を業務に就かしめるに際して、その業務の執行が被用者の健康を損なう恐れのある場合には、これを防止する措置を講じて損害の発生を防止する義務がある。

疾病により休業していた者を復帰せしめる際にも、復帰後の業務が右疾病を再発、増悪せしめることのないように配慮すべき注意義務がある。

使用者としてこの注意義務に欠くるものがあれば、被用者に対する損害賠償の責任を免れない。

関連事項:過労死


ページの先頭へ