心裡留保・錯誤・強迫について

退職に同意しても認められない

心裡留保・錯誤・強迫などがあった場合、例え労働者が退職に同意したとしても認められません。

心裡留保 定義 意思を表明する者が、自分の表明した意思が内心の意思とは異なる意味で相手に理解されることを知りながら行う意思表示。
  • 退職するつもりはないし、会社も辞められては困るはずだが、「やる気がないのか!」とリーダーから怒鳴られたので、退職願を出してみよう。
  • 飲み屋で酒の勢いに負けて「こんな会社辞めてやる」と言った。本当は後悔している。会社も困るはずだ。けれど、会社が自分をどう評価しているか知りたいので、そのままにしておこう。
錯誤 定義 意思表示した者の内心(法的効果を発生させようとする意思)と、表示した意思が一致せず、表意者がそれを知らないこと。
  • このままだと懲戒解雇になると思いこみ、先手を打って一身上の都合で退職届を出したが、そもそも懲戒解雇になる状況ではなかった。
  • 傷病休職期間が満了するので雇用打切だと思い、会社の勧めで退職の意思表示をした。しかし、その後、傷病が労災に認定されることがわかった。
強迫 定義 他人に害悪を示し、脅かして恐怖心を生じさせ、その人の自由な意思表示を妨げる行為。
  • 「このままでは懲戒解雇か左遷、さもなければ退職金を大幅に削られるから、今のうちに自分から身を引いた方がいい」という言葉を真に受けて、退職届を出した。

心裡留保(民法第93条)

心裡留保の場合は、退職届を取り消しできる可能性が大きいといえます。

昭和女子大学事件 東京地裁 平成4.12.21

学生指導上の意見の相違から査問を受けた教授が、退職するつもりがないのに、 「悪いようにしないから一応退職届を出すように」と要請されて退職願を提出した。

退職する意志がないことは明確に表明され続け、大学もそれを承知していた場合に、その退職が心裡留保により無効とされた。

会社の営業不振を乗り切るために退職覚悟でやってもらうとの口実で、退職するつもりのない労働者から退職願を預かっているケースも、心裡留保が用いられる可能性が考えられます。

民法第93条(心裡留保)

意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。


詐欺・強迫

詐欺・強迫があった場合は、退職届を取り消しできるといえます。

損害保険リサーチ事件 旭川地裁 平成.6.5.10

権利濫用にあたる配転に従わなければ、懲戒解雇になる旨を告げられた労働者が、いったん退職し嘱託となることを承諾した意思表示が脅迫によるものであったとして、退職の意思表示を無効とした。

ニシムラ事件 大阪地裁 昭和61.10.17

懲戒権の行使や告訴が権利濫用にあたるにもかかわらず、労働者に対して懲戒解雇処分や告訴のあり得べきことを告知し、そうなった場合の不利益を説いて退職届を提出させることは、労働者を畏怖させるに足る強迫行為というべきであり、これによってなした労働者の退職の意思表示は瑕疵あるものとして取り消し得る。

陸上自衛隊32普通科連隊事件 東京地裁 昭和57.12.22

上司らが長期間にわたり執拗な退職勧奨を繰り返し、これにより隊員が激しい疲労と睡魔による苦痛の状態に陥っているのに乗じて、退職願を書くことを拒否すれば更に苦痛の継続することを暗示し隊員を畏怖させ、これを行わせたものというべきであり、退職の申出を行わせたことが、強迫によりされたものとして取り消すことができると解する。

石見交通損害賠償事件 広島高裁松江支部 昭和48.10.26

所定の懲戒解雇事由に該当する事実がないのに、営業所長らが18歳のガイド見習として試用されていた女子従業員に対し、明らかに懲戒解雇に付すべき不当な行状があるとして退職願を提出するよう要求したことは、女子従業員が見習者であったことを考慮にいれても、違法な強迫行為に当るものというべきである。

旭光学事件 東京地裁 昭和.42.12.20

いわゆる民青活動とか労働組合活動とかを極度に嫌悪していた会社が、申請人がこの種の活動をしているものと考えて長期間の病気欠勤を機会に申請人を会社より追放せんとし、病気上がりで肉体的にも精神的にも不安定な状態にあった若い女性に対して長時間一室において執拗に退職を強要し、辞職願を提出させたことは強迫にあたる。

民法第96条(詐欺又は強迫)

詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。

2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。

3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。


錯誤

重要な事実の錯誤があった場合は、退職届は無効といえます。

例えば、労働者が自らの行為が懲戒解雇になると誤解し、退職届を出し、会社もその誤解を知っていながら、これを承認した場合などです。

横浜高校事件 横浜地裁 平成7.11.8

懲戒解雇事由はなく、懲戒解雇の可能性がなかったのに、教員は主任の説諭により懲戒解雇になると誤信して退職願を提出したのであって、その退職の申込みの意思表示には動機の錯誤があるというべきで、これが学校側に表示されていたことは明らかであるから、要素の錯誤となり、本件合意退職は無効である。

山一証券結婚退職事件 名古屋地裁 昭和45.8.26

結婚後も継続勤務を希望しながらも結婚退職の慣行を理由に任意退職を迫られ、やむを得ず退職に合意した証券会社の女子職員の合意は、錯誤、心裡留保等によるものであり無効であるとされた。

(同旨:茂原市役所結婚退職事件 千葉地裁 昭和43.5.20)

民法第94条(虚偽表示)

相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。

2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

民法第95条(錯誤)

意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。


公序良俗違反(民法90条)

公序良俗違反があった場合は、退職届は無効といえます。


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