懲戒解雇と退職金不支給について

退職金不支給となるだけの信義則違反か否か

退職金は賃金の一種ですが、その発生要件が「功労報酬」的なものといえますので、懲戒解雇などの場合、「功労」そのものが否定されると解されています。

このため減額や不支給も可能です。

ただし、「賃金の後払い」的な性格ももっていることから、退職金の不支給には次の要件が求められることになります。(日本コンベンションサービス事件 大阪地裁 平成8.12.25、日本電信電話事件 大阪地裁 平成9.4.25)

(1) 就業規則に規定があり、
(2) 労働者のそれまでの勤続の功を抹消(全部 不支給の場合)ないし減殺(一部不支給の場合)してしまうほど著しく信義に反する行為があった場合

退職手当について不支給事由又は減額事由を設ける場合には、これは退職手当の決定及び計算の方法に関する事項に該当するので就業規則に記載する必要がある。

(昭和63.1.1 基発第1号)


退職金規定の「返還」の定め

あらかじめ不支給や返還の規定がなければ、当該退職者について懲戒処分に相当する問題が後日発覚したとしても、支給を差し止めることはできないと、されています。

日本相撲協会事件 東京地裁 平成9.5.12

雇用契約又は就業規則等において、予めそのような場合の取扱いについて取り決めがなされていれば格別、被用者に在職中重大な違法行為があり、それが事後に発覚したからといって、そのことから直ちに退職金支給に関する合意が当然無効になるとか、雇用主において解除し得ると解すべき道理はない。

同様に、退職金を支払った後に本人の重大な秩序違反行為が発覚したとしても、「退職金を返せ」と請求するわけにはいきません。

ということは、退職金規程に返還を求めることができると明記されている場合は、返還請求権が生じます。

阪神高速道路公団事件 大阪地裁 昭和63.11.2

「職員が退職後、在職中の職務に関し、懲役による免職を受ける事由に相当する事実が明らかになったときは、すでに支給した退職金を返還させ、又は退職金を支給しないことができる」との規定に基づき、支給した退職金の返還を求めた事案について、在職中に、関係者から賄賂を収受したことは当事者間に争いがないところ、右賄賂を収受したことは、在職中の職務に関し懲戒による免職を受ける事由に該当し、本件規定4条2項の退職金の返還に関する規定に基づき、原告は被告に対し支給済みの退職手当906万7,000円の返還請求権を有するものと認定判断する。

なお、未支給の退職金があり、本人の合意を得て、損害賠償に退職金を充当し、相殺することは差し支えないとされています。

坂崎彫刻工業事件 東京地裁 昭和60.4.17

退職金は、労働基準法11条にいう賃金に該当する。

そして、同法24条1項は、いわゆる賃金全額払の原則を定めており、これは、労働の対償である賃金は、その全額を、労働の提供をした労働者に確実に受領させ、労働者の生活を経済的に脅かすことがないようにしてその保護を図ろうとする規定であって、労働者の賃金債権に対しては、使用者が労働者に対して有する債権をもって相殺することを許さないとの趣旨を包含するものと解するのが相当である。

そうであれば、この趣旨は、使用者が労働者に対して有する反対債権の発生原因を問わず妥当すべきものであり、その債権が不法行為によるものであっても、例外となるものではない。


退職金の法的性格

懲戒解雇の場合に退職金不支給が許されるかどうかは、退職金の性格をどうとらえるかによって異なってきます。

賃金と考えれば無効とする説になりますし、恩恵的給付と考えれば、不支給も許されるということになります。

退職金の法的性格に関して、通説は、賃金の後払いと見るのではなく、退職事由、勤続年数などの諸条件に照らして退職時に初めて金額が確定し退職金債権が具体的に成立する不定期限付き債権とされています。

退職金について、それを支給するか否か、算定基準等が労働協約、就業規則、労使慣行(宍戸商会事件 東京地判 昭48.2.2)、労働契約等で定められていれば、「労働の対償」として労基法上も賃金であることについて、争いはありません。

退職金は、通常、算定基礎賃金に勤続年数別の支給率を乗じて算定されるので、一般に「賃金の後払い」と性格づけられています。

しかし、他方では功労報償的性格も併せもち、支給基準において自己都合と会社都合とを区別したり、勤務成績の勘案がなされたり、退職金を減額、没収する条項が盛り込まれたりしています。

そこで、退職金支給基準の定めのなかに使用者の功労報償的性格をどこまで盛り込めるかが、退職金の賃金後払的性格に照らして問題となります。


懲戒解雇と退職金の減額・不支給

懲戒解雇に伴う退職金の全部または一部の不支給は、退職金規程などに記載し労働契約の内容として初めて行えるものであり、また、そのように明定すれば賃金の全額払いの原則に違反するものではなく、退職金の功労報償的性格に照らせば、そうした規定を一般的に公序良俗違反だとまではいえないとされています。

しかし、退職金の性格から、退職金不支給規定を適用できるのは、労働者のそれまでの勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られることになると考えられます。(同旨、橋元運輸事件・名古屋地判 昭和47.4.2)

たけでん事件 大阪地裁 平成15.7.18

漫然と取引を継続し、会社に約8,000万円の損害を与えた等の原告の行為は、永年の功労を抹消するに足りるほど信義に反するので、退職金請求はできない。

日本電信電話事件 大阪地裁 平成9.4.25

商品販売の責任者が会社商品を持ち出し、隠匿した行為は懲戒解雇に相当すると認められ、企業秩序のみならず社会秩序に反する行為であって、会社の社会的信用を著しく損なうものであり、勤続の功労を抹消するほどの著しく信義に反する行為であるから、就業規則の規定により退職金不支給は不当ではない。

しかし、就業規則の不備により、退職金の減額等が認められなかった例もあります。

東京コムウェル事件 東京地裁 平成15.9.19

退職金規定に明示されない重大な就業規則違反等の事由をもって退職金不支給の事由とすることはできない。規定の不備による不利益は、これを制定した使用者において甘受すべきであり、会社を退職して同業他社に就職した原告らの退職金請求は認容。

また、就業規則の内容が公序良俗に反するとして認められなかった例もあります。

東花園事件 東京地裁  昭和52.12.21

「会社の承諾なく退職した者には退職金を支給しない」旨の定めを労働基準法14条の趣旨から労働法上の公序に反し無効とした。


退職金の没収・減額条項の有効性

退職金は、勤続年数ごとにそれに対応する額の具体的請求権として確定していき、使用者は退職時までの支払い猶予の抗弁権を有しているにすぎないとする説も有力です。

しかし、判例・多数説は、退職金の額は退職事由、勤続年数などの諸条件に照らして退職時において初めて確定するので、退職時まで債権として確定しているとはいえない、没収・減額条項の有効性は全額払いの原則の問題ではなく、減額支給基準の有効性の問題であるとしています。

洛陽総合学院事件 京都地裁 平成17.7.27

原告は昭和41年に教師として採用され、平成15年3月末に退職した。退職金は1,255万余円となるはずだったが、313万余円が減額された。

原告は、不注意(クラス費の徴収ミス、成績データの入力ミス等)によって、「職務改善のための特別指導書」により職務の改善を指示されていた。

ただし、原告は採用直後より、労働組合の役員となっており、このことは原告の退職直前に就業規則の改定がされたことから組合「ねらい撃ち」の措置だという訴え。

裁判所は、差額の313万8774円の支払いを命じた。

この退職金を功労報酬的なものというよりも、賃金の後払い的性格の強いものであるうえ、当該従業員の長年の功労を減殺ないし抹消してしまうほどの背信行為・不信行為はないとされた。

なお、就業規則の改定による迷惑退職・直前退職については「退職予定日の14日以内の退職申出」、「退職直前に懲戒・解雇事由となる行為を行ったとき」、とされており、原告をねらい撃ちにしたものではないとされた。

東急エージェンシー事件 東京地裁 平成17.7.25

原告はクライアントからPR用ビデオ制作費の支出を依頼されたが、そのビデオは実際には制作されておらず、架空請求だった。損害は1,000万余円となった。会社は、原告が架空請求だと認識しながら、意図的に損害を与えたと推測していた。

会社は、原告が退職を申請した際に、退職金を自己都合退職の場合の2分の1に減額した。

原告は、通常退職金の不足分(675万余円)と退職特別加算金(1,700万円)の支払、および年休の買い上げを求めた。

裁判所は、原告に対し2,456万余円を支払うことを、会社に命じた。

ビデオが現実に制作されていないことを原告が未必的にであれ知っていたと認めることは困難であると認定。

また、原告がこのビデオを受け入れた後に、被告の利益率も増え、当該ビデオ発注元からの収入も順調に増加していることから、原告が個人的な利益を得たと疑わせる証拠はないとした。

逆に、退職金の没収、返納を支持した判例もあります。

日本中央競馬会事件 東京地裁 平成17.1.28

競馬会が、在職中の行為で収賄に関する日本中央競馬会法37条1項前段の罪で懲役刑の有罪判決を受けたことを根拠として、職員退職手当支給規定所定の退職手当の返納事由に当たるとして、元職員に退職手当の返納を求めた。

裁判所は、収賄罪の成立には無理がなく、過去の事例とも比較できず、本件の退職金返納請求が不平等であるともいえないことや、返納規程適用の手続も適正であったこと等から、返納請求を認容した。


競業避止義務違反に基づく退職金の不支給・減額

退職者が競業することを防ぐことを目的に、就業規則で同業他社へ転職した者について退職金を支給しないという規定を設ける企業があります。

それを主張するためには、事前に就業規則等に明確な規定を設けて不支給の根拠とすることが必要です。

もちろん損害額の請求根拠についても明らかにしておくべきだといえます。

なお、退職後一定期間内に同業他社に就職した場合、退職金を半減するという規定を有効とした判例(三晃事件 最高裁 昭和52.8.9)があります。

中部日本広告社事件 名古屋地裁 平成2.8.31

退職後6ヶ月以内に同業他社に就職した場合には退職金を支給しない旨の就業規則の規定は、退職従業員に継続した労働の対償である退職金を失わせることが相当であると考えられるような「顕著な背信性」がある場合に限って有効であるとした。


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