退職金の減額・不支給について
退職金の減額や不支給を行う場合
退職金の減額・不支給を行うこと自体は、就業規則の減額等の理由規定が、合理的で社会的にも相当な理由があれば、許される場合があります。
もちろん理由のない減額・不支給は許されませんから、「会社は承諾なく退職した者には退職金は支払わない」といった規定は無効と判断される可能性が高いといえます。
合理的か否かは、変更の必要性と労働者の被る不利益の双方を勘案して判断されます。
退職金を減額することについては、就業規則等に具体的な規定がなければなりません。
ただし、退職金支給規程等の中に「懲戒解雇の場合は、退職金を全額不支給とする」旨の規定がある場合であっても、実際に退職金の全額を不支給とするには、永年にわたる功労をまったくなくするような懲戒解雇事由(著しい不信行為、暴行横領等の刑事事件に該当する行為等)があることが必要です。
中島商事事件 名古屋地裁 昭和49.5.3
同族会社で社長の実兄である従業員が、課長、社長に暴言を浴びせたことを理由に、諭旨退職処分に付され退職金、解雇予告手当金を支給されなかったとして、支払を請求した事例。
諭旨解雇は懲戒解雇より情状の軽い懲戒処分であり、それも説諭の上自発的に退職せしめるというのであるから、これを懲戒解雇と同一視して退職金不支給の場合と規定するのは明らかに行き過ぎであり、社会的相当性の見地よりみて合理性を著しく欠くものというほかはない。
されば被告会社の退職金に関する規定中諭旨解雇について退職金不支給を定めた部分は無効というべきである。
自己都合による退職者と同率の退職金の支払いが認められた。
退職金の削減幅
退職金の削減については、一般的には、退職の事由によって以下のように取り扱われています。
懲戒解雇および懲戒解雇に相当する事由があった者 | 退職金の不支給 |
諭旨解雇(退職) | 退職金の大幅減額(2~4割支給) |
労働者の責に帰すべき事由による普通解雇 | 5割程度の支給 (一般には100%の支給規定となっているが、疾病等を理由とするやむを得ない場合と異なり、従業員としての不適格、能力不足、能率不良・勤務成績劣悪、協調性の著しい欠如等、労働者の責に帰すべき場合には、自己都合退職よりも低い退職金支給率が相当であると考えられている) |
自己都合退職 | 6~8割支給 |
定年、休職期間満了、疾病等やむを得ない事由 | 10割支給 |
余剰人員の整理解雇、希望退職の募集、早期退職制度 | 割増制度の適用(特に率は決められていない) |
賃金、退職金などは労働者にとって重要な権利・労働条件ですから、減額など労働者に実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更の場合、その不利益を労働者に法的に受忍させることができるだけの「高度の必要性」に基づいた変更であることが必要です。
就業規則等で支給条件が明確に規定されていれば、後払い賃金であり、長年の勤続の功労を減殺・否定するほどの労働者の重大な問題行為でなければ、使用者が自由に減額や不支給とすることはできません。
たとえ「懲戒解雇の場合は支給しない」という規定があったとしても、いったん普通解雇にしていた場合では、さかのぼって普通解雇を懲戒解雇に置き換えることはできませんから、退職金の不支給理由が立たないことになります。
関連事項:懲戒解雇と退職金→
競業避止の場合の退職金
同業者への転職や同種事業の開始による退職金の減額・不支給が有効かどうかの判断は、以下の内容などから総合的に判断されます。
- 競業が禁止される期間
- 競業が禁止される場所的範囲
- 制限の対象となる職種の範囲
- 代償の有無
さらに、この規定が必要最低限のものであるかも判断材料とされます。
関連事項:退職手続→
死亡退職の場合の退職金
退職金規程に死亡退職時の取り扱いを盛り込んでおけば、万一の場合のトラブルを防ぐことができます。
保険金との関係で、以下の判例があります。
安藤物産事件 東京地裁 平成15.10.31
死亡保険金の全部または相当部分は、退職金または弔慰金の支払いに充当するとの合意によれば、死亡保険金1,000万円から、退職金および被告会社の支払い保険料を控除した残額について、遺族が取得する弔慰金に充てるとするのが、当事者の合意的な意思と認める。
なお、内縁関係の配偶者については、労働基準法の遺族補償、労災保険の遺族(補償)年金、国民年金法の遺族基礎年金等が、いずれも「婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む」として、内縁関係にある配偶者も同等に扱うこととしています。
この場合でも、戸籍上の配偶者(別居中)がいる場合は、事実上離婚していたと明らかに認められる場合を除き、戸籍上の配偶者に支払われることになるので、注意が必要です。
既払いの退職金の返還
まず第一に、退職金規程に懲戒解雇などの理由による不支給の規定があることが必要です。
その上で、「会社の金品を横領した場合等には退職金を支給しない」など、具体的に不支給理由を定めており、その事実が判明したなら、不支給とすることができます。
すでに支給した退職金は不当利益となるため、会社からの返還請求ができます。
返還請求権は10年間有効です。
就業規則への退職金の不支給規定
下記は、退職金の不支給や減額を就業規則に規定した例です。
第○条(退職金の不支給もしくは減額)
- 懲戒解雇された者には退職金は支給しない、もしくは減額を行う。
- 就業規則第○条第○項の規定(申出)に違反して退職した場合は、退職金の減額を行うことがある。
- その他、就業規則の服務規律等に抵触する不都合な行為により退職となった場合は、退職金の減額を行うことがある。