私生活上の前提条件

配転が私生活に著しい不利益を生じないこと

一般労働者が通常予想されるような損害・苦痛を超え、不利益がきわめて著しい場合は、拒否理由となることがあります。

これは、重病人を抱えていたりする労働者家族の生命、身体の危険にかかわる場合が多いようです。


病気の家族の介護・農業経営等の生活上の不利益をもたらすもの

ネスレジャパンホールディング事件 神戸地裁姫路支部 平成15.11.14

配転命令は業務上の必要性が存するものの、債権者Aの妻は、非定型精神病と診断され、日常生活を営むにも家族の援助が必要であり、未知の土地で暮らすことが困難であること、実母は78歳と高齢であること、長女は高校3年生、次女は中学3年生であり、いずれも受験を間近に控えていることが認められる。

また、債権者Bの実母は79歳であり、脳梗塞後遺症等が原因で介助を要し、要介護2の認定を受け、週2回のデイサービスを受けながら同債権者と妻によって在宅介護されていること、実母は夜間徘徊等も見られるほどに痴呆が進んでおり、転居に伴う環境変化によりその症状が悪化する可能性もあることが認められる。

本件転勤命令は、債権者A及び債権者Bの家庭の事情に照らすと、同債権者に対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものと認められる。

以上によると、本件転勤命令は、業務上の必要性が存するものの、債権者A及び債権者Bのいずれに対しても、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであり、会社の援助で補填されるものでもないので、権利の濫用に当たり無効である。

一審判決までの賃金8割の仮払いの必要が認められた。

介護必要な家族いる従業員への転勤命令に無効判決

介護や援助が必要な家族がいるのに遠隔地への転勤を命じたのは不当として、ネスレジャパン姫路工場(兵庫県香寺町)の男性従業員2人が、本社のネスレジャパンホールディング(茨城県稲敷市)に地位保全と賃金の支払いを求めた訴訟の判決が9日、神戸地裁姫路支部であった。

松本哲泓(てつおう)裁判長は「2人が転勤すれば、家族の治療や介護が困難となり、症状が悪化する可能性がある。不利益は大きく、配転命令権の濫用にあたる」などとして、転勤命令を無効として従う義務がないことを認めるとともに、会社側に03年9月以降の未払い賃金の支払いを命じた。

家族の介護を理由に配転命令を無効とした判決は珍しく、高齢化社会を迎え、企業に従業員の事情への十分な配慮を求めたといえる。

勝訴したのは、妻が精神病を患っている兵庫県姫路市の男性従業員(55)と、母親がパーキンソン病のため要介護度2の認定を受けている同県神崎郡内の男性従業員(49)。

判決によると、ネスレ社は03年5月、贈答品の箱詰め作業をしていた姫路工場のギフトボックス係の廃止を決め、従業員60人に茨城県稲敷市の霞ケ浦工場へ転勤するか、退職するかの選択を迫った。9人は転勤に応じ、49人は退職した。

原告の2人は家族の援助や介護が必要だとして姫路工場に残りたいと会社側に要求したが、拒否された。03年9月から給与の一部の支払いを止められた。

判決は、業務上必要な転勤命令であっても、労働者が通常受け入れるべき不利益を著しく超える場合など特段の事情がある場合には、使用者の権利の濫用となり、転勤命令が無効になるという一般的な判断を示した。

そのうえで、判決は、原告の家族の状態について、「精神病の妻は家事をすることや単身で生活することは困難。夫の転勤により病状が悪化する恐れがあった」「転勤すれば、要介護状態の母親の介護が困難になったり、病状が悪化したりする可能性があった」などと認定。従業員に著しい不利益を与えるとして、会社側の転勤命令は権利の濫用にあたると結論づけた。

判決後、記者会見した姫路市の男性従業員は「会社のやり方は強引だった。意に沿った判決で大変うれしい」、神崎郡の男性従業員は「介護の大変さを認めてもらい良かった」と話した。

判決に対しネスレジャパングループ広報室は「判決文を見ていないので、コメントは差し控えたい」としている。

(asahi.com 2005.05.09)

明治図書出版事件 東京地裁 平成14.12.27

大阪支社の増員のため、債権者に対し、大阪支社勤務を命ずる旨の転勤命令を発した。

これに対し、本件転勤は業務上の必要性に欠けていること、長期間編集業務に携わってきた債権者を未経験の土地で営業を行わせる本件転勤命令は不合理な人選であることを主張し、その上で債権者は、妻は他社の正社員として勤務していること、2人の子供、特に長女のアトピー性皮膚炎がひどく、現在通院している鍼灸治療を続ける必要があること、両親の体調が不良であることから本件転勤により重大な不利益を被るとして、その取消しを求めた。

裁判所は、業務上の必要性が存するが、債権者に生じている共働き夫婦における重症のアトピー性皮膚炎の子らの育児の不利益は通常甘受すべき程度を著しく超えるものであるという特段の事情が存するから、権利濫用として無効である、とした。

フットワーク・エクスプレス事件 最高裁 平成10.11.17

大津から和歌山市内への転勤。

妻が過去にくも膜下出血で倒れ、不安のなかで生活しており、同居している実弟が知的障害者で施設に通園している労働者に対する配転で、転勤先の業務が誰でもできることなどを理由に転勤命令を無効とした。

日本ヘキスト・マリオン・ルセル事件 大阪地裁 平成9.10.14

高齢で病気の母親(骨粗鬆症・両変形性膝関節症に罹患し、さらに大腸ガンの手術も受けた)と同居している労働者に対する大阪から福島への配転を無効とした

北海道コカ・コーラボトラーズ事件 札幌地裁 平成9.7.23

妻、長女(躁うつ病の疑い)、長男、二女(脳炎の後遺症による精神運動発達遅延)と同居し、隣接地に居住する体調の悪い両親の面倒をみている労働者に対する帯広から札幌への配転を無効とした

ナカヨ通信機本訴事件 前橋地裁 昭和52.11.24

本件転勤命令の業務上の必要性は十分認められるが、本件転勤命令が原告の生活関係に重大な影響を与えることもまた認められる。すなわち原告の母親の病状は軽視することのできないものであり、原告ら家族の経済的能力からみて、原告には家を遠く離れることのできない事情が存したということができる。・・・

本件転勤命令が、当事者間の労働契約において予定された労務指揮権の範囲内にあるとしても、労働者側の事情に十分な配慮を惜しんではならないのであり、・・・被告会社が業務の都合にとらわれ、原告が最も大事に考えていた事情を顧慮しなかった本件配転命令は、信義に従い誠実になされた労務指揮権の行使とは認められず、結局その法的効果を生じないというべきである。

日本電気事件 東京地裁 昭和43.8.31

重病の兄、病弱な妹、高血圧の母の面倒を見、家計を支えている労働者への転勤命令は、業務上の必要性との均衡を失し無効とした。


本人の健康を理由とする配転命令

損害保険リサーチ事件 旭川地裁 平成6.5.10

神経症により1年間休職していた労働者が病気軽快後の復職を申し出た際に出された旭川から東京への配転命令につき、信頼ある医師による治療機会の喪失等を理由に配転を無効とした。

ミロク情報サービス事件 京都地裁 平成12.4.18

メニエール病に罹患している労働者に対する京都から大阪への配転命令。

裁判所は、メニエール病のため仕事等に支障が生じるかも知れないことは周知されていたこと、他の従業員とは異なり、飛び込みによる会計事務所の新規開拓の仕事に専任させており、この仕事による売上はもともと僅かしか期待できないものであったこと、自宅から大阪支社に通勤するには1時間40分以上を要するが、メニエール病のため、このような長時間の通勤に耐えられるかどうかは疑問であることなどを指摘することができ、本件転勤命令は権利の濫用であって許されないとした。

ミドリ十字事件 大阪地裁 昭53.4.1

病後の者に対する肉体的・精神的苦痛を与えるような配転命令は権利の濫用にあたるとした。


家庭の事情は、配慮されるか?

「家庭の事情」も、その内容及び会社のとる不利益代償措置により、不利益が通常労働者が受容できる範囲内かどうかで、転勤命令の有効性が判断されます。

近年の裁判例は、ほとんどが単身赴任も有効とする傾向にありますが、これらは、家庭事情を考慮することを認めるならば「扶養家族を有する者とそうでない者、夫婦共稼ぎをする者とそうでない者との間に、逆に不当な差別を生じることになる」(東洋テルミー事件 東京地裁 昭和48.5.11)と考えられているからです。

三井東圧化学事件 名古屋地裁 昭和47.10.23

配転に伴い生じる夫婦別居に関する事案。

本件転勤に伴い生じた前記のような別居生活ないし再就職についての苦労は、同一企業における夫婦共稼ぎでない同原告にとって予想外の著しい損害、苦痛と認めることは困難であって、本件転勤命令が被告会社のやむを得ない業務上の必要に基づいてなされたことは先に認定したとおりであるから、右の程度の苦労は、原告において労働契約上受忍しなければならない範囲内に属するというべきである。

ただし、2002年4月1日施行の育児・介護休業法(改正)は、使用者は、労働者の配置に関する配慮義務として「就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない」(第26条)としています。

ここでいう「配慮」は、必ずしも配置の変更をしないことまで求めるものではありません。しかし、事業主がまったく何もしないことは、許されないと考えられます。

そして、指針(平成14年厚生労働省告示第13号 第2-13)において、配慮すべき内容としては、次の例示が上げられています。

  1. 子の養育又は家族の介護の状況を把握すること
  2. 労働者本人の意向を斟酌すること
  3. 配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをした場合の子の養育又は家族の介護の代替手段の有無の確認を行うこと

同行する妻の就職先あっせんを援助したか

夫婦共稼ぎの場合の一方に対する転勤命令は、一方の退職という事態を発生させます。

この点については裁判例(吉野石膏事件 東京地裁 昭和53.2.15)は、労働者側のこの不利益を「転勤に伴い通常甘受すべき程度のもの」と判断しているといえます。

また、夫婦共稼ぎの場合、判例は使用者に対し、家族帯同のために一方の就労の機会を確保する努力を要求しています。

例えば、夫婦ともに同じ会社の東京営業所に勤務していた事案で、夫に対する転勤命令を有効と判断した吉野石膏事件(東京地裁 昭和53.2.15)の判決は、岡山での妻の就職あっせん等に努力する旨の約束をあげていますし、ブックローン事件(神戸地裁 昭和54.7.12)の判決でも夫の転勤先での妻の仕事を提示したうえで希望すれば夫の勤務地での共稼ぎも可能であったことをあげていることからも、これは明らかです。


家族との別居・遠距離通勤

新婚の共働き夫婦の別居配転は人事権の濫用にあたる(秋田相互銀行事件 秋田地裁 昭和43.7.30)という判例がある一方、家族や子供と別居するような転勤を命じた場合で配転命令によって不利益を被るとしても、そのことだけで配転命令が人事権の濫用にされるとはいえないとされています。

チェース・マンハッタン銀行事件 大阪地裁 平成.3.4.12

大阪支店で採用手続きがとられた独身女性の従業員について、経営合理化の一環として行われた東京支店への配転命令の効力が争われた事例。

老親や病弱な両親を扶養しているという事情があったものの、いずれも転勤によって被る不利益は通常予想される範囲にとどまる

吉野石膏事件 東京地裁 昭和53.2.15

債権者には東京支店に勤務する妻と長女があり、債権者夫婦は長女を保育園に預けて共稼ぎを続けている。従って本件転勤命令により、債権者が岡山営業所に単身赴任するとすれば、夫婦の別居はもちろんのこと、妻が長女の送迎にあたらなければならず、これに要する時間について賃金カットを余儀なくされ、さらに別居に伴う支出増加等のため現在と比較して精神的にも経済的にも不利益を受ける。

また妻が会社を退職し、債権者と共に岡山へ赴くとすれば、妻の収入がなくなるため、現在に比べて経済的に不利益を被るところである。

しかしながら本件転勤命令によって共稼ぎ夫婦である債権者夫婦が別居するか、その1人が退職するかは共稼ぎ夫婦の一方の転勤によって通常生ずる事態であり、通常予測されないような異常なものとはいえない。

仮に妻が退職し債権者と共に岡山へ赴いた場合収入は減少するが、経済生活はそれほど悪化するとは考えられず、赴任先での妻の就職斡旋等について会社においても努力する旨約していることが明らかである。

更に債権者らが別居生活を営む場合、会社は妻に保育園への送迎時間につき便宜を与える旨約して本件転勤に伴う不利益をできる限り防止すべく努めていることも明らかであるから、かかる事実に照らすと債権者が本件転勤によって被る不利益をもって債権者の生活関係を根底から覆すほどの特段の事情に該ると解することはできない。従って本件転勤命令が権利の濫用に該るという債権者の主張は失当である。

JR東日本東北地方自動車部事件 仙台地裁 平成8.9.24

国鉄民営化に伴う原告らに対する、青森自動車営業所の車掌兼ガイドから盛岡自動車営業所への転勤命令により夫と小学校3年、5歳、3歳の子供との別居を余儀なくされた事案。

共働きの夫婦の一方に転居を伴う転勤の必要が生じ、ことに夫婦間に未成熟の子があるような場合には、どのようにして家庭生活を維持し、子を養育していくかについて深刻な問題を生じざるを得ないが、そうであるからといって、家族の別居生活をもたらす転勤命令、あるいは女子労働者に対する配転命令が直ちに配転命令権の濫用になるともいえない。

本件では、原告の両親の援助により子供たちの養育をしていくことは可能であり、転勤先が隣県であることなどから、子供に会うことは極めて困難とはいえず、本件転勤が原告に与える生活上の不利益は、甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえない。

ケンウッド事件 最高裁 平成12.1.28 東京高裁 平成7.9.28 東京地裁 平成5.9.29

3歳の幼児を養育する共働きの女性社員が、目黒から八王子への異動を命ぜられたところ、保育園送迎や家庭生活に大きな支障があることを理由に、これを拒否して無断欠勤(36日間)を続けたため懲戒解雇に処せられた事案。

東京高裁の判断

原告が八王子事業所に通勤するということとなれば、通勤時間は最短時間の中央線経由でも約1時間43分を要し、このため、出勤は、自宅を午前7時10分ごろに出なければならず、帰宅は、午後7時35分ころになるというのであるから、この限りにおいて、原告の主張にも首肯し得る点がないではないが、右の保育のできない時間帯につき、経済的負担を度外視するならば、さらに、第三者に依頼することが可能であったのではないかとの疑問があるし、被告は、原告との間で、通勤時間及び保育問題等につき十分話し合ってできる限りの配慮をしようと考えていたというのであるから、いかなる場合にも現住居からの通勤が不可能であったなどということはできない、とし、本件異動命令は権利の濫用ではなく、原告は、停職処分期間満了後も会社の2度に亘る出勤命令に従わず理由なく出勤しなかったのであるから、懲戒解雇処分も有効であるとして、原告の請求を棄却した。

最高裁の判断

業務上の必要性と配転により労働者が被る不利益(片道1時間43分の通勤時間、育児への支障等)とを比較衡量し、配転命令は人事権濫用に当たらず、八王子付近への転居によって異動命令に協力すべきであったとした高裁判決を維持している。

子供の養育に対する両親の援助などがある場合には、配転を甘受すべきとされる可能性が高いといえるでしょう。

逆に、両親や子供にかなり深刻な病気療養の必要があり、その生活面でのアシストを当該労働者が分担しなければならないなどの、特別な事情がある場合には、配転命令が甘受すべき限度を超えると判断される可能性が高くなります。(北海道コカコーラボトリング事件 札幌地裁 平成9.7.23)



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