普通解雇
約束された労務提供ができないための解雇
普通解雇(狭義の)は、労働者の債務不履行を理由とする解雇です。
ここでいう債務不履行とは、労働者が雇用契約に定められた契約内容の履行ができない(労務不能)、あるいは不完全にしかできないという状況をいいます。
具体的には、以下のようなことが挙げられます。
- 上司の発言は、解雇通告と見なされるか?
- 上司の発言は、合意解約の申込みと見なされるか?
- 部下の出社拒否は、合意解約の申し出に対する承認に該当するか?
- 部下の出社拒否は、単なる無断欠勤と見なされるか?
普通解雇を行うための前提条件
普通解雇を行うためには、次のような前提条件が必要です。
(1) | 労働基準法に定める解雇手続を行うこと | 30日前までに解雇の予告をするか、30日前までに予告しない場合は平均賃金の30日分の解雇予告手当を支払うこと |
(2) | 解雇事由が法令に違反しないこと | 法令に違反する解雇
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(3) | 労働協約、就業規則、労働契約に根拠となる定めがあること | 就業規則などに定めた解雇事由や手続きに違反しないこと |
(4) | 解雇が権利の濫用に当たらないこと | 解雇に客観的合理的な理由がなく、社会通念上相当性を欠く場合は権利の濫用に当たる |
(5) | 解雇が公序良俗に反しないこと | 女性を差別して解雇するなど |
(6) | 解雇が労働者との信義則に反しないこと | 解雇の手続き面などで労働者との信頼関係を著しく損なう方法をとらないこと |
エース損害保険事件(平成13.8.10)において東京地裁は、長期雇用システム下で長期にわたり勤務してきた正規従業員を勤務成績・勤務態度の不良を理由として解雇する場合は、以下のようなことも考慮して、解雇権の濫用の有無を判断すべきであるとしています。
- それが単なる成績不良ではなく、企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れがあり、企業から排除しなければならない程度に至っていることを要し
- その他是正のため注意し反省を促したにもかかわらず、改善されないなど、今後の改善の見込みもないこと、
- 使用者の不当な人事により労働者の反発を招いたなどの労働者に宥恕すべき事情がないこと、
- 配転や降格ができない企業事情があること
普通解雇に先立つ措置の状況
警告 | 49.6% |
是正機会の付与 | 39.3% |
他の部署への配転打診 | 20.5% |
その他 | 5.1% |
(従業員の採用と退職に関する実態調査 労働政策研究・研修機構 平成26.10)
※解雇理由として「本人の非行」「頻繁な無断欠勤」「職場規律の紊乱」「仕事に必要な能力の欠如」「休職期間の満了」のいずれかを回答した企業を対象に集計
スキル不足による解雇
能力不足を解雇理由とする場合には、その前に会社に対しても、能力向上のための教育・訓練が求められることになります。
特別な能力を求められる職種、あるいは社内での立場が高い者については、当該労働者に成果として何が求められているのかを可能な限り具体的に示し、それを書面で明確にして合意をとっておくことが、解雇の合理性判断のポイントとなります。
懲戒解雇か普通解雇か
職場秩序違反を理由とする制裁罰である「懲戒解雇」と、やむを得ない事情により雇用関係を維持し得ないことを理由とする普通解雇は、同じく雇用関係を終了させるという効果を持ちながら、その性格を異にしています。
懲戒解雇は、解雇当時認識していなかった事情を、後になって追加主張することができないとされています。
山口観光事件 最高裁 平成8.9.26
(懲戒解雇の例)
使用者が労働者に対して行う懲戒は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を科するものであるから、具体的な懲戒の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。
したがって、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないものというべきである。
郡英学園事件 前橋地裁 平成12.4.28
(普通解雇の例)
普通解雇の場合には、懲戒処分の場合と異なり、処分事由ごとに別個の解雇処分を構成するものではなく、全体として一個の解約申入れというべきであるから、通常の私法上の形成権の行使の場合と同じく、客観的に解雇を相当とする事由が存在すれば、解雇権の行使は適法となるのであって、解雇の有効、無効の判断に当たっては客観的に存在した事由を全て考慮することができると解される。
上田事件 東京地裁 平成9.9.11
(普通解雇の例)
使用者の行う普通解雇は、民法に規定する雇用契約の解約権の行使にほかならず、解雇理由には制限はない(但し、解雇権濫用の法理に服することはいうまでもない。)から、・・・解雇当時に存在した事由であれば、使用者が当時認識していなかったとしても、使用者は、右事由を解雇理由として主張することができると解すべきである。
ただし、実務的には、普通解雇の場合であっても、解雇当時認識していなかった事情を後日裁判の場で新たに主張した場合、その主張は迫力を欠き、解雇権の濫用と評価されることにつながる可能性が高いことに留意すべきです。