研修費用の考え方

足止め策か返還義務免除か

労働関係を不当に強要する研修費用返還の約束は、労働基準法第16条違反となります。

研修が以下の条件を満たす場合については、労基法第16条には違反しないということになります。

(1) 消費貸借契約で、
(2) 返済方法が研修後の勤務の有無に関係なく一般的に定められ、
(3) 一定期間勤務したことにより単に返還義務が免除されるようになるだけのもの

研修費用のチェックポイント

こうした契約が労基法第16条に違反するかどうかについては、契約の内容およびその実情、使用者の意図、右契約が労働者の心理に及ぼす影響、基本となる労働契約の内容およびこれとの関連性などから総合的に検討する必要があるとされています。

藤野金属事件 大阪高裁 昭和43.2.28

技能検定のための研修費用を社費で負担し、その代わり今後1年間退職しないこと、もし退職したらその費用として3万円支払う旨を誓約させることは、労基法第16条に違反しないとされた。

その理由は、

  1. 研修が、溶接技量資格検定試験受験準備のための社内技能者訓練という従業員に対する優遇措置として行われたものであること、
  2. 従業員のなかから希望者を募ったものであること、
  3. 研修費用が合理的な実費の範囲内であって相当であることから、費用の性質は、会社が講習を希望する従業員に対する訓練費用の立替金であるとされ、
  4. 立替金を返済するときは何時でも退職することができることが説明されていること
  5. その期間も短期間であることなどを総合的に判断して、

という実情から、労働者に対して労働関係の継続を不当に強要するものとは考えられないので、上記誓約書は労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしたものとはいえない。


労働基準法第16条違反のケース

こうした契約が労基法第16条に違反するかどうかについては、契約の内容およびその実情、使用者の意図、契約が労働者の心理に及ぼす影響、基本となる労働契約の内容およびこれとの関連性などから、総合的に検討する必要があるとされています。

新日本証券事件 東京地裁 平成10.9.25

社費で約1年半米国に留学しMBA(経営学修士号)を取得した社員が、帰国後約4年で退職した。会社は留学費用の返還を求めた。

留学終了後5年以内に自己都合により退職したときは原則として留学に要した費用を全額返還させる旨の規程は海外留学後の会社への勤務を確保することを目的とし、留学終了後5年以内に自己都合により退職する者に対する制裁の実質を有するから、労働基準法16条に違反し、無効である、とされた。

富士重工業事件 東京地裁 平成10.3.17

海外研修規程に「研修員が研修期間中または終了後5年以内に退職する場合・・・会社が負担した費用の全額または一部を返済させることがある」と規定されている会社で、研修員がアメリカ派遣から帰国後半年で退職した。会社は、派遣費用の返済を請求。

裁判所は会社の請求を無効だとした。

本件派遣前に、原告と被告との間には、研修終了後5年以内に退職したときは派遣費用を返済するとの合意が成立していたと認められるが、・・・実態は社員教育の一態様ともいえるうえ、研修期間中は原告の業務にも従事していたのであるから、その派遣費用は本来原告が負担すべきものであり、被告に負担の義務はない。右合意の実質は、労働者が約定期間前に退職した場合の違約金の定めに当たり、労基法16条に違反し無効。

サロン・ド・リリー事件 浦和地裁 昭和61.5.30

美容室に準社員として就職した従業員が美容指導を受けたにもかかわらず会社の意向に反して退職したが、入社時にさかのぼって1ヶ月4万円の講習手数料を支払うという契約が結ばれていた。

「たとえ一人前の美容師を養成するために多くの時間や費用を要するとしても、本件契約における指導の実態は、いわゆる一般の新入社員教育とさしたる逕庭はなく、右のような負担は、使用者として当然なすべき性質のものであるから、労働契約と離れて本件のような契約をなす合理性は認めがたく、しかも、本件契約が講習手数料の支払義務を従業員に課することにより、その自由意思を拘束して退職の自由を奪うことが明らかである」として労基法16条に違反する。


損害賠償を認めたケース

長谷工コーポレーション事件 東京地裁 平成9.5.26

会社は社員留学制度を設けていたが、

(1)渡航後は必ず学位を取得し卒業する

(2)卒業後は、直ちに帰国し、会社の命ずるところの業務に精励するとともに、その業績目標に邁進する

(3)帰国後、一定期間を経ず特別な理由なく退職することとなった場合、使用者が支払ったいっさいの費用を返還する、という条件が設けられていた。

その旨の誓約書を使用者に差し入れて留学した従業員が、帰国後2年5ヶ月後に退職した。

使用者は留学費用のうち、学費の返還を求めた。

労働者側敗訴。400万円余りの支払いが命じられた。

裁判所は、研修経費を、社内育英貸付金等の返還債務免除特約付きの貸付金として、労働契約と区別した。

一定期間勤務後の返還免除制度は、被告は原告に対し、労働契約とは別に留学費用返還債務を負っており、ただ、一定期間原告に勤務すれば右債務を免除されるが、特別な理由なく早期退職する場合には留学費用を返還しなければならないという特約が付いているにすぎない。

留学費用返還債務は労働契約の不履行によって生じるものではなく、労働基準法16条が禁止する違約金の定め、損害賠償の予定には該当せず、同条に違反しないというべきである。

藤野金属事件 大阪高裁 昭和43.2.28

運転免許証の費用援助の場合等について、それが少額で、1年以内の勤務義務を条件とするものであり、かつ立替金と解され、実費以下の額であって全体的に見て雇用契約の存続強制にならない場合には違法でないとされている。


研修の性格を検討する

行政通達によると、次の4つの場合は、採用前研修と名が付いていても労働時間とするとされています。(昭和23.10.23 基収3141号)

(1) 研修内容が労働契約の目的達成に直接必要のある事項である場合(それをしなければ、仕事が円滑にできないこと等)
(2) 研修内容が従来は入社後に行われていたような内容のものであるとき
(3) 研修内容そのものは、労働力の質を高めるものに過ぎず、あるいは指揮命令の円滑遂行等に必要のないものであっても、組織の一員としての職場適応性を身に付けさせるような場合
(4) 労働契約の目的達成と直接的な関係のない内容の研修であっても、その参加が強制され、あるいは参加しないことによって何らかの不利益が予想される場合

したがって、第一に、入社内定後に行われた研修の性格が、使用者が当然に行うべき研修なのか、それとも希望者に対する優遇措置として行われたものなのかを検討します。

使用者が行うべき研修であれば、研修費用は当然使用者が負担すべきものですから、研修費用を返還する必要はありません。この場合、誓約書は労基法第16条に違反することになります。

希望者に対する優遇措置として研修が行われたときは、研修費用は使用者の立替金であるかどうかが問題になります。

費用が研修実費の範囲内であれば、研修費用の立替金と考えられますので、返還しなければなりません。

この場合、費用を返還することを約して退職することになります。

もし、請求費用が研修費用の範囲を超えていたという場合には、実費の範囲内で返還すれば問題はないでしょう。

額が実費を大幅に超過し、研修後の就労約束違反に対する違約金的要素がある場合には、返還するまで退職を認めないとしていることと合わせ、誓約させることは労働基準法第16条に違反する可能性が生じると考えられます。

賃金を支払う場合の賃金額は

労働時間と認められたとしても、研修を受けるということは実際の仕事をしているのとは異なりますから、最低賃金以上であればよく、通常業務と同様の賃金を支払う必要はないといえます。

ただし、その旨を、あらかじめ明示しておくことが必要であり、それがない場合は、通常業務と同じ賃金を支払う民事上の義務が生じます。


いかなる場合も「返還しなければ退職できない」は違法

研修費用を返還しないかぎり退職は認めないとすることはもちろん違法で、こうした約束には拘束されず、研修費用を返還する約束をして退職することができます。

労働基準法第16条違反が成立し契約が無効となる=即ち返還義務がなくなるのは、労働関係を不当に強要する場合に限られます。


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