使用者の責任・労災かくし
安全配慮義務
使用者は、労働者の安全や衛生についても配慮する義務があります。
そのような配慮をしなかった結果、労働災害が発生したとすれば、使用者側は債務不履行として、損害賠償を行わなければならないことになります。(民法第415条)
安全配慮義務は、時効が10年です。(民法第167条1項)
不法行為の3年よりも長くなっています。(民法第724条)
安全確保のための罰則
労働安全衛生規則には、事業主が設置すべき安全設備などが規定されています。
この違反について労働安全衛生法が「罰金刑を科する」と記載されている場合は、処罰の対象となります。
例えば、プレス機械等に対する安全囲いが規則に定められており、この違反は労働安全衛生法第119条1号の「6か月以下の懲役または50万円以下の罰金」ですから、その違反について、工場長や部課長が行為者として6か月以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられるほか、法人である株式会社も50万円以下の罰金刑に処せられることになります。
費用徴収
労災保険に入っていないとき
事業主が故意または重大な過失により保険関係成立届を提出していない間に事故が発生した場合や、事業主が一般保険料を納付しない間に発生した事故について保険給付を行った場合も、事業主は、その保険給付に要した費用の全部または一部を政府から徴収されることがあります。
故意により保険関係成立届を提出していない期間であれば、保険給付の額の100%、重大な過失によるときは保険給付の額の40%、一般保険料を滞納している期間であれば、保険給付の額に滞納率(上限40%)を掛けた額が徴収されます。
事業主の故意または重大な過失により業務災害が生じたとき
事業主が故意または重大な過失により生じさせた業務災害の原因である事故について、労働基準監督署長が労災保険給付を行ったときは、事業主は、その保険給付に要した費用に相当する額の全部または一部を、政府から徴収されることがあります。
もし、事業主が徴収督促に応じなければ、労災保険法第31条4項の規定によって、国税滞納処分の例により強制的に徴収されることもあります。
対象となる事故は、次のようなものです。(昭和47.9.30 基発第643号)
(1) | 直接的かつ具体的な危害防止法令に明白に違反する事故 |
(2) | 行政庁の具体的指示があり、それを怠ったことによる事故 |
(3) | 危険急迫による行政庁の指示を怠ったことによる事故 |
具体的な基準としては、休業補償給付、障害補償給付、遺族補償給付、葬祭料および傷病補償年金のそれぞれについて、療養を開始した日の翌日から起算して3年以内に支給事由が生じた分についてその30%に相当する額が徴収されます。(昭和47.9.30 基発643号、昭和52.3.30 基発192号)
なお、労働者が安全のための義務に違反したことによって労働災害が発生し、給付を受けることになった場合も、保険給付の一部(現在の取り扱いでは休業補償給付等の30%。昭和40.7.31 基発906号、昭和52.3.30 基発192号)が減額される可能性があります。
注文主の責任
下請けとして働いていた場合の労働災害に対し、元請の責任が問われることもあります。
三菱重工業神戸造船所事件 最高裁 平成3.4.11
騒音性難聴について責任が問われた事案。
下請企業の労働者が社外工として元請の管理する設備、工具を用い事実上その指揮、監督を受けて稼働し、作業内容も本工とほぼ同じ事実関係の下では、元請企業は下請企業労働者に安全配慮義務を負う。
労災を認めないと
会社が、労災であることを認めず労基法上の休業補償を行わなければ、理屈上、労働基準監督署長は、労働基準法第102条の規定によりこれを捜査した上で、会社や管理職を労働基準法第76条違反として、送検することもできます。
これに対抗するために会社は、労災でないと考えている労災保険給付請求に関し、労災保険法施行規則第23条の2の規定により、労働基準監督署長に対して、文書により意見を申し出ることができます。
労災かくしは会社も罰せられる
「労災かくし」とは、以下の1.または2.により、労働災害の発生事実を隠蔽することをいいます。
- 故意に労働安全衛生法に基づく労働者死傷病報告を所轄労働基準監督署長に提出しない
- 虚偽の内容を記載した労働者死傷病報告を所轄労働基準監督署長に提出するもの
労災かくしに対しては、労安衛法第120条の5により、罰則が定められています。
従業員が独断で行った行為であっても、業務上であれば、会社も罰せられることになっています。(労安衛法第122条)
現在は、労災かくしの件数は取りまとめられていません。
以前の情報では、平成22年に97件と報告されていました。
労災かくしに近いものとして公表されている、労安衛法第100条違反の送検件数は、以下の通りです。
平成23年 | 平成24年 | 平成25年 | 平成26年 | 平成27年 | 平成28年 |
111件 | 131件 | 89件 | 127件 | 114件 | 86件 |
(労働基準監督年報より)
労働安全衛生法
第100条(報告等)
厚生労働大臣、都道府県労働局長又は労働基準監督署長は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、事業者、労働者、機械等貸与者、建築物貸与者又はコンサルタントに対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずることができる。
2 厚生労働大臣、都道府県労働局長又は労働基準監督署長は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、登録製造時等検査機関等に対し、必要な事項を報告させることができる。
3 労働基準監督官は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、事業者又は労働者に対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずることができる。
第120条
次の各号のいずれかに該当する者は、50万円以下の罰金に処する。
(1~4 略)
5 第100条第1項又は第3項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は出頭しなかった者
第122条
法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業員が、その法人又は人の業務に関して、第116条、第117条、第119条又は第120条の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても、各本条の罰金刑を科する。
送検事例
労災かくしを行った防水工事業者を書類送検
八王子労働基準監督署は、平成28年2月19日、虚偽の内容の労働者死傷病報告を同署に届け出た総合防水工事業者及び同社役員を、労働安全衛生法違反の容疑で、東京地方検察庁立川支部に書類送検した。
事件の概要
平成26年9月3日、東京都八王子市内の住宅建設工事現場内で、男性作業員(被災当時26歳)が、はしごを使用して地上からの高さ2.4メートルの踏み面上で住宅部材の取り付け作業を行っていたところ墜落し、全治3か月の怪我をし107日休業したにも関わらず、「男性作業員は自社敷地内の鳥の巣の除去作業中に墜落して被災した」旨の虚偽内容の報告書を当署長宛てに提出したもの(いわゆる「労災かくし」)。
(東京労働局ホームページより)