海外勤務の労災適用

海外「出張」には労災保険の適用がある

海外出張についても、国内出張と同様に、単に労務提供の場が通常の勤務場所から離れているにすぎません。

国内の事業場に所属して、当該事業所の指揮命令下において労務適用しているので、労災保険法の適用も国内の場合と同様となります。


海外への転勤・出向者には適用されない

属地主義により、労災保険法第33条にいう海外派遣者に対しては、労災保険法は適用されません。

海外派遣者とは

  1. 国際協力事業団等開発途上地域に対する技術協力の実施の事業を行う団体から派遣されて開発途上地域で行われている事業に従事する者
  2. 日本国内で行われる事業(有期事業を除く)から派遣されて海外支店・工場・現地法人等海外で行われる事業に従事する労働者

(労災保険法第33条6号、7号)

・・・海外出張者として保護を与えられるか、海外派遣者として特別加入しなければ保護が与えられないかは、単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず国内の事業所に所属し、当該事業場の使用者の指揮にしたがって勤務するのか、海外の事業場に所属して当該事業場の使用者の指揮にしたがって勤務することになるのかという点からその勤務の実態を総合的に勘案して判定されるべきである。

(昭和52.3.30 基発第182号)


労災保険の特別加入制度

労災保険法は、属地主義のため海外出張についてはその適用がありますが、海外派遣にはその適用がないので、海外派遣者を保護するために、「海外派遣者特別加入制度」が設けられています。

この制度に加入した場合、労災・通災の適用は国内の場合に準ずることとなりますので、海外派遣者については、この制度への加入が不可欠だと考えるべきです。

特別加入できるのは・・・

(1) 国際協力事業団等開発途上地域に対する技術協力の実施事業(有期事業を除く)を行う団体から派遣されて、開発途上地域で行われている事業に従事する者
(2) 日本国内で行われる事業(有期事業を除く)から派遣されて海外支店・向上・現地法人・海外の提携先企業等海外で行われる事業に従事する者
(3) 海外で行われる常時300人以上(金融業、保険業、不動産業または小売業では50人以下、卸売業またはサービス業では100人以下)の労働者を使用する事業主

ここで有期事業を除いているのは、派遣中に派遣元事業が消滅してしまうと海外派遣者としての保険関係が維持できなくためです。

※派遣先事業は有期事業であっても構いません。

加入できる範囲

派遣先事業の代表者は事業に従事する労働者とは認められないので特別加入できませんが、海外支店長や出張所長・現場責任者は事業場の代表者ではありますが、労働者的性格があるので特別加入できます。

海外留学者は海外において業務に従事する者ではないので特別加入できませんが、海外研修や技術訓練等は労働関係の有無により判断されます。

保険料は

海外派遣者については、別表第4(特別加入保険料算定基礎額表)の賃金総額の算定基礎となる額のうち、あらかじめこれらの者が希望する額1,000分の3(第3種特別加入保険料率)を乗じて算出します。

ただし、年度途中で加入・脱退した場合は、特例により特別加入月数に応じた保険料算定基礎額により算出します。

(別表第4)特別加入保険料算定基礎額表(平成28年現在)

給付基礎日額 賃金総額の
算定基礎となる額
給付基礎日額 賃金総額の
算定基礎となる額
25,000円 9,125,000円 10,000円 3,650,000円
24,000円 8,760,000円 9,000円 3,285,000円
22,000円 8,030,000円 8,000円 2,920,000円
20,000円 7,300,000円 7,000円 2,555,000円
18,000円 6,570,000円 6,000円 2,190,000円
16,000円 5,840,000円 5,000円 1,825,000円
14,000円 5,110,000円 4,000円 1,460,000円
12,000円 4,380,000円 3,500円 1,277,500円

災害原因との相当因果関係

相当因果関係について、厚生労働上は、被災労働者の業務に通常伴う危険が実体化した場合には相当因果関係があると認めてもよいとしています。

例えば、出張途中に暴力団抗争の巻き添えを食って流れ弾に当たって死傷した場合、そのような危険性は通常は出張途中にないので、業務と支障との間に相当因果関係は認められません。

しかし、暴力団抗争が頻発し、絶えずピストルの弾丸が飛び交う危険のある地域への出張であれば、ピストルによる死傷は業務に通常伴う危険が現実化したものであるとして、相当因果関係が認められて認定される可能性があるかもしれません。

※そういう所へ従業員を出張させることの是非は別問題ですが・・・

なお、感染症については別の認定基準(昭和63.2.1基発57号)があります。

単なる海外出張は、国内出張と同じ

なお、単に海外に出張しているだけの場合は、特別加入するまでもなく、当然に労災保険の適用はあります。

これは、海外出張は単に労働の提供の場が海外にあるに過ぎず、国内事業場に所属しその事業場の使用者の指揮に従って勤務する点で、事業主の命令により通常の勤務地を離れて他所へ赴き業務を処理して帰着するという点では、国内出張と異ならないからです。

健康保険についても、国内の事業所との使用関係が続くときは、被保険者資格はそのまま続きます。

使用関係がなくなるときは、「資格喪失届」を提出する必要があります。

神戸東労基署長(ゴールドリングジャパン)事件 最高裁 平成16.9.7

慢性十二指腸潰瘍の既往症がある営業員が、海外で発症し、これが労災となるかどうかが争われた。

営業員は、海外出張前の5日間で合計68時間(1日平均13.6時間)の業務に従事し、1日の準備期間を置いた後、14日間で6か国を回るというスケジュールで海外出張し、11日間で144.5時間(1日平均13.1時間)の業務に従事していた。

第一審(神戸地裁 平成11.7.29)、第二審(大阪高裁 平成12.7.31)は、治療を怠ったことによる再発として、請求を棄却(医師の処方した抗潰瘍剤を服用していなかった)。

最高裁、過重な業務以外に発症原因が伺われないとして、相当因果関係を肯定した。

海外出張中に十二指腸かいよう、労災と認める・最高裁

海外出張中に十二指腸かいようを発症したのは仕事上のストレスが原因の労災だとして、兵庫県の男性(52)が、神戸東労働基準監督署長を相手に療養補償給付の不支給処分取り消しを求めた訴訟の上告審判決が7日、最高裁第三小法廷(浜田邦夫裁判長)であった。

同小法廷は、請求を棄却した1、2審判決を破棄し、不支給処分を取り消した。

第三小法廷は「出張は過重な業務だったといえる。基礎疾患が出張により自然の経過を超えて急激に悪化し発症したとみるのが相当」と判断し、労災と認めた。

1、2審判決によると、貿易会社に勤めていた男性は1999年11-12月、14日間でアジアの6つの国と地域を回る海外出張に出た。

12日目にタイから香港へ向かう航空機内で腹痛を起こし、香港の病院で十二指腸かいようと診断され、手術を受けた。

1審・神戸地裁と2審・大阪高裁は「既往症が再発したと推認でき、仕事のストレスが相対的に有力な発症原因とは認められない」などとして、請求を棄却していた。

(NIKKEI NET 2004.09.07)

鳴門労基署長(松浦商店)事件 徳島地裁 平成14.1.25

中国に出張中の従業員が、ホテル(所定の宿泊先)の客室で何者かに首を切られて財布を奪われ殺害された。この従業員の死亡が業務上の災害に当たるかが争点となった。監督署は、業務上の事由による死亡とは認められないとした。

裁判所は、特段の私的行為や恣意的行為がなく、財布を強奪されていることや、本件の前にも日本人旅行者が殺害されたうえに金品を強奪されるという事件があったこと、また、本件後も同じ市内で日本人が被害者となる事件が複数発生していることなどから、日本人が強盗殺人に遭遇する危険性はあったというべきだとして、業務起因性を認めた。

監督署長の遺族補償年金の不支給処分は取り消すよう命じられた。


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