出向の根拠と出向命令権
出向命令の有効性判断
出向命令権
企業間の人事異動である出向では労務提供の相手方が変更されますので、出向命令が契約上根拠を有するためには、就業規則、労働協約、労働契約、採用時における説明と同意などによって、 次のことが必要です。
出向を命じうること自体が明確になっていること
就業規則等に「会社は業務上の必要性に応じて、労働者に対し出向を命じることがある」等、出向義務に関する直接的な規定が必要です。
もっとも、こうした規定の存在だけで十分だとはいえず、出向元と出向先との関係の密度や、出向先で労働者が担当する義務の内容の変更度合いなど、総合的に判断する必要があります。
出向先での基本的な労働条件などが明瞭になっていること
具体的には事案ごとに判断しなければならないのですが、例えば、実質上一つの企業を構成しているような関連会社間での出向について、採用時に関連会社間での出向がある旨の説明がなされ、これに同意しているような場合には、労働契約上の出向命令権が認められることになるでしょう。
東京エンジニアリング事件 東京地裁 昭和52.8.10
出向命令、配転命令が有効であるためには、出向又は配転につき業務上の必要性の存在及び当該労働者を出向者、配転者として選択したことの妥当性が認められなければならず・・・出向命令、配転命令が使用者の人事権(労務指揮権)の行使の一環としてなされるものである以上、右に述べた業務上の必要性及び人選の妥当性の判断に際しては使用者の裁量権を無視することはできない。
学校法人 藍野学院事件 大阪地裁 平成11.1.25
債務者(藍野学院)の専門学校、短大での事務職員として勤務してきた債権者が、債務者のグループ会社である藍野病院への在籍出向を命ぜられ、これを拒否したところ解雇された事案。
債務者の就業規則上、学院外に出向し、他の業務に従事するときは休職とする旨の規定があることが認められる。
本件のように使用者が労働者に休職を命じうる場合の一事由として出向を規定しているに過ぎない場合には、就業規則上、労働者の出向義務を明確に定めたものとは解されないというべきであり、その他、債務者の就業規則上、労働者の出向義務を明確に定めた条項は存在しないので、債務者の就業規則によって、債権者に本件出向命令による出向義務は発生しないというべきである。
債務者からA会への出向は、かなりの人数で実施されるようになったのは、平成9年以降であり、債務者の就業規則も従前のとおりであることが一応認められる。右事実に照らせば、事務職員につき、債務者からA会への出向が慣行として確立しているとまでは一応にしろ認め難い。
以上によれば、本件出向命令は、債権者の同意がなく、その他法律上その正当性を基礎づける事実も認め難く無効であり、債権者が無効な本件出向命令に従わなかったことを理由とする本件解雇の意思表示も無効である。
また逆に、関連性のない新規事業への出向で、就業規則上は単に一般的な「出向を命じうる」という規定があるだけの場合には、出向命令権の根拠は認めにくく、労働者の個別的同意が求められるべきだといえます。
これまで多くの労働者が出向命令に従ってきたからといって、ただちに使用者が一方的に出向を命じられるといえるわけでもありません。
日立電子事件 東京地裁 昭和41.3.31
従業員が従来出向命令に同意してきたのはそれを拒否すれば将来不利益を被るであろうとの危惧に基づく自主的判断によると推認され、この事実をもって従業員一般が出向の義務を是認していたものとすることはできない。
同趣旨:ダウ・ケミカル事件 東京地裁 昭和61.11.14
就業規則等により「あらかじめ労働者の包括的同意がある」ということで自由に出向命令が出せると誤解している使用者も多いようですが、出向先での基本的な労働条件等が明瞭になっていないならば出向の前提条件としては不十分だということを認識しておく必要があります。
法令違反の出向命令
思想信条を理由とする出向命令(労働基準法3条)、不当労働行為(労働組合法7条)にあたるような出向命令は無効となります。
出向命令が労働協約等の人事協議条項などに違反して行われた場合は、その出向命令は"無効"とみなされます。
出向命令権が、契約上の根拠がある場合でも、その命令が権利濫用にあたる場合は、無効になります。
入社時に予測されていない出向
出向は労働者の同意が原則ですから、入社時に予定されていない企業への出向は、包括的合意があったとして使用者が一方的に命じることはできません。
ただし、個別具体的に出向命令を発し得るという見解もあります。
興和事件 名古屋地裁 昭和55.3.26
使用者は労働者の採用にあたって、関連の三社一括採用という方法で採用し、本人にその旨説明していた。辞令も三社連名となっていた。
こうした状況下で、関連会社への出向を命じたところ、同意しないとして、出向命令無効を求めた。
裁判所の判断:労働者側敗訴
採用の際、労働者は出向制度について理解していた。
当事者以外の多数社員も出向していた。出向によって特に経済的不利益はなかった。
同意をした当時と、出向命令時との間に関連会社(出向先)の範囲に変動があったり、出向先の労働条件に変化があって労働者に不利益な事情変更があったような場合には、包括的合意を根拠として出向を命じることは問題であろうが、そのような場合でない限り、使用者は事後的に、包括的同意の効力の範囲内において具体的出向命令を発し得ると解するのが相当である。
いわゆる"片道切符"の出向
出向期間の定まっていない場合、出向元で具体的に復帰時期を定めない限り、労働者は、復帰を要望することが困難となります。
しかし、この場合でも、使用者が労働者に対し復帰させるべき義務を負っているという事実には変わりはありませんから、長期間経過後も特別な理由なくして出向元に復帰させないことは義務違反として不法行為(民法709条)が成立する可能性があります。
民法第709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
ジャパンエナジー事件 東京地裁 平成15.7.10
転職促進を目的とする子会社への出向期間満了後の解雇につき、整理解雇要件の総合考慮により、解雇回避努力の存在は認められるものの、その他が不十分であるとして無効とされた。
ただし、出向の長期化が予想されるとしても、条件の如何によっては、濫用にあたらないとされるので、注意が必要です。
外注化と出向
企業の特定部門を外注化(アウトソーシング)すると、余剰人員が発生します。
この余剰人員の出向については、法的な根拠づけがあれば、個別同意なしに行うこともできるとされています。
新日本製鐵(日鐵運輸第2)事件 最高裁 平成15.4.18
構内輸送業務を協力会社に委託することになったが、この在籍出向の長期化(3年間の出向期間が3回延長された)が予想されることもあって、本人の同意が得られず、その適否が争われた事案。
最高裁は、転籍には該当しないとした。
- 就業規則に「業務上の必要によって社外勤務をさせることがある」との規定があり、
- 労働協約にも同旨の社外勤務協定があり、出向期間、社員の地位、賃金、退職金、出向手当、昇格・昇給等の査定、その他処遇に関して出向者の利益に配慮した規定が設けられている、
- 出向元との労働契約関係が存続している、
ことを理由として、当初から出向期間の長期化が予想されていたとしても、出向期間の長期化をもって直ちに個別同意を必要とする転籍と同一視することはできない、と判断し、当該出向命令は権利濫用に当たらないという結論を下した。
上記判決は、長期化が余儀なくされる(=事実上復帰困難な)出向の場合でも、手続上の不備がない場合、本人同意なしに在籍出向を行い得ることを示しています。
ただし、上記事案においては、会社側が不利益を補填するための様々な手だてを尽くしていたり、組合側との合意があったりしたという前提があり、ただちに他の例にも適用できると判断するには慎重さが必要でしょう。
なお、仮に出向が困難だとしても、当該労働者について企業内での配転の可能性が乏しいにもかかわらず出向を拒否するというのであれば、会社は整理解雇に向かうことになるでしょう。
なお、上記判決では、出向命令が権利の濫用に当たらないか否かの判断について、次の基準が示されました。
(1) | 一定の業務を委託するとした経営判断には合理性があり、これに伴い、委託される兼務に従事していた従業員につき出向措置を講ずる必要がある。 |
(2) | 出向措置の対象者の人選基準には合理性があり、具体的な人選についても不当性はない。 |
(3) | 出向命令によって、従事する常務内容や勤務場所には何ら変更はない。 |
(4) | 社外勤務協定による出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関する規定等を勘案すれば、生活関係、労働条件等において著しい不利益を受けるものとはいえない。 |
(5) | 出向命令の発令に至る手続に不相当な点があるともいえない。 |
出向先から出向契約解除
出向先から出向社員を戻したいという申し出があった場合、まず、出向契約(覚書や確認書の名称の場合もある)を確認します。
ここに出向契約を終了させる条件が記載されていれば、これに従って出向元に復帰することになります。
このような規定がなければ、出向元は、出向先の申し出に従う必要はありませんので、出向先がどうしてもその従業員を出向元に戻したいというのであれば、話し合いによる合意を取り付けることになります。