出向命令権の濫用

個別に検討する必要がある

出向命令権に一応契約上の根拠がある場合でも、当該具体的出向に関しては、配転命令と同様に権利濫用にならないかの検討が必要です。

例えば、労働条件の引き下げを伴う場合などにおいては、それに対応する業務上の必要性がかなり高度でなければ、権利濫用にあたるということになります。


権利濫用か否かの参考事例

労働者本人および家庭の事情

日本ステンレス・日ス梱包事件 新潟地裁高田支部 昭和61.10.31

寝たきりの身体障害者の両親と同居し生活の面倒をみている労働者への出向命令は人事権の濫用にあたる。

ダイワ精工事件 東京地裁八王子支部 昭和57.4.26

出向命令が合理性を備えている以上、生活関係を根底から覆す等の特段の事情がない限り拒否することはできない。

セントラル硝子事件 山口地裁 昭和52.7.20

出向命令の正当性判断については、業務上の必要性、労働者の不利益の程度、信義則に反しないかを総合的に検討しなければならない。

家業である農業経営や生活基盤を大きく崩すことになる老親を抱えている労働者への出向命令は信義則に反する。

JR東海事件 大阪地裁 昭和62.11.30

夜勤中心職場への異職種出向命令は、仕事上・私生活上の不利益が著しく、人選の合理性がなく人事権濫用にあたる。

東海旅客鉄道事件 大阪地裁 平成6.8.10

出向先の作業は、腰痛等の持病を持つ者にとっては、退職をも考えざるを得ないものであって、事実上出向者を退職に追込む余地のあるものであるところ、疎明資料及び審尋の全趣旨によると、X1とX2は、腰痛の持病(前者は、変形性脊椎症・腰椎椎間板症、後者は、椎間板ヘルニア)を持ち、X1においてはコルセットを常用せざるを得ない状況にあるものであり、また、X2においては、入院を余儀なくされた病歴があって、完治しておらず、増悪する危険性も否定できない状況にあるものであり、いずれも出向を命じられれば退職に追込まれるおそれがあるものと一応認められる。

そうすると、X1及びX2に関する本件出向命令は、前記要件を欠くから、人事権の濫用として無効というべきである。

神鋼電機事件 津地裁 昭和46.5.7

労働条件が悪くなるだけの小規模事業所への出向命令には、出向元としては不利益を解消するだけの条件を示すべきであり、かかる条件を提示することもなく、本人の意向を無視して行った出向命令は、その効力を生じ得ない。

業務上の必要性・合理性と職務上の不利益

JR東海事件 大阪地裁 昭和62.11.30

関連企業への包括合意はあったが、車両係・運転士等を清掃業務・運搬業務などへ出向命令した。

出向先での職務が従前の職務とは著しく異なり、そのような出向につき申請人らを人選したことの合理的理由も示されていないので権利濫用として無効であるとされた。

ゴールド・マリタイム事件 最高裁 平成4.1.24、大阪高裁 平成2.7.26

管理職であった者に対して勤務中の所在不明、無断早退等を理由としてなされた懲戒解雇が裁判上その効力を否定され、復職させることになったが、会社内に配置すべきポストがないとして下請企業への出向を命じたのに対し拒否されたため諭旨解雇された事例。

労働者は、出向先での就労を拒否し年休の時季指定をして欠務したが、会社はこれらの行為を理由に同人を諭旨解雇した。

本件出向命令には、業務上の必要性、人選上の合理性があるとは到底認められず、協調性を欠き勤務態度が不良で管理職としての適性を欠くと認識していた被控訴人を、出向という手段を利用して控訴人の職場から放逐しようとしたものと推認せざるを得ない。本件出向命令は業務上の必要があってなされたものではなく、権利の濫用に当たり、同命令は無効というべきである。

一畑電気鉄道事件 松江地裁 昭和48.4.8

出向期間・出向元への復帰保証等を明らかにしないままの零細赤字工場への出向命令は人事権の正当な行使ではない。


労働者の同意不要とする判例が増加

出向を拒否して解雇されたときは、地位保全の仮処分を申し立てるなどして、解雇を争うことになります。

近年、同意を不要とする判例も多くなっていますが、以前には個別の同意を必要とする最高裁判例もあり、労働者の生活への影響が大きいことから原則として同意を求めることが望ましいと考えられます。

住友軽金属工業事件 名古屋地裁 平成15.3.28

勤続33年の従業員が出向を命じられ、この命令の無効確認を求めた。

裁判所は、労働協約に出向規定が明示されていることから、労働者の承諾がなかったとしても、特段の根拠がある場合は、出向を命じることができる、このケースでは、労働協約がそれに当たるとして、出向命令を有効だとした。

日本ステンレス事件 新潟地裁高田支部 昭和61.10.31

従業員就業規則に「(転籍・出向又は職場の変更)従業員は正当な理由なしに転勤、出向又は職場の変更を拒んではならない」旨の規定が存在することは、当事者に争いがないところ、右規定は出向・配転の根拠規定であり、労働契約の内容をなしているものであって、使用者は労働者に対し、右規定に基づき個別的同意を必要とすることなく、出向・配転を命ずることができるといわなければならない。

興和事件 名古屋地裁 昭和55.3.26

使用がなしたグループ内別会社への勤務命令につき、同意なしになされたものであるとして、停止を求めた仮処分事例。

三社の実質的一体性が高度であり、実質上同一企業の一事業部門として機能していて、ほぼ統一的な人事労務管理がなされ、三社間の人事異動は、転勤とみなされていた実態等があること、このような実態を背景として、申請人は右の基本的構造を、採用時に説明を受け、これを了承して入社したものと認められるから、右申請人の採用時の右包括的同意に基づき使用者たる会社は、申請人に関する将来の他の二社のうちのいずれかへの出向を命ずる権限を取得したものといわねばならない。

有効な合意とみるためには、それが労働者の十分なる理解のもとでなした真意に基づくものであることが必要であり、また内容が著しく不利益なものや、将来不利益を招くことが明白なものであってはならないことは当然である。

更に同意をした当時と出向命令時との間に関連会社(出向先)の労働条件に変化があって、労働者に不利益な事情変更があったような場合には、使用者は事後的に、包括的同意の効力の範囲内において具体的出向命令を発し得る。

出向先に出向しないと何らかの不利益処分(業務命令違反による解雇等)がなされるおそれがある場合は、解雇を回避するために、異議を留めて(異議は文書によるべきである)出向先で就労開始した上で、出向命令の効力を争う方法が現状ではもっとも「安全策」であるといえるでしょう。


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