転籍の前提条件

転籍とは

転籍とは、従業員と従来の雇用関係にあった企業との間の労働関係が解消され(退職)、新たに他の企業に雇い入れられる(採用)ことであって、この元の会社の退職と新たな会社への就職が法的な関連性をもち、同時に行われることである、と定義されています。(日本石油精製事件 横浜地裁 昭和45.9.29)

場合によっては、転籍先での退職を元の会社への復帰(再雇用)の効力発生条件とする復帰条件付きの転籍もあります。


転籍には本人の同意が必要

また、転籍(移籍出向)命令が有効になるには、在籍出向同様、転籍の命令権があり、それが権利濫用にあたらないことが必要です。

民法第625条 (使用者の権利の譲渡の制限等)

(1)使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。

(2)労働者は、使用者の承諾を得なければ、自己に代わって第三者を労働に従事させることができない。

(3)労働者が前項の規定に違反して第三者を労働に従事させたときは、使用者は、契約の解除をすることができる。

更に、出向(在籍出向)や配転と異なり、一旦元の会社を辞めるのですから、本人の個別的、具体的な同意が必要です(使用者の地位の譲渡による転籍の場合も同様です)。

日立製作所横浜工場事件 最高裁 昭和48.4.12

転籍は労働契約の一身専属的性格にかんがみ、労働者本人の承諾があってはじめて効力が生ずる。

ミロク製作所事件 高知地裁 昭和53.4.40

転籍は、移転先との新たな労働契約の成立を前提とするものであるところ、この新たな労働契約は元の会社の労働条件ではないから、元の会社がその労働協約や就業規則において業務上の都合で自由に転籍を命じうるような事項を定めることはできず、従ってこれを根拠に転籍を命じることはできないのであって、そのためには、個別的に従業員との合意が必要であるというべきである。


包括的同意で転籍命令が認められる場合

入社時に関連会社への移籍もあることを了解していた場合に改めて本人の同意を得ていなくても移籍命令が認められたケースがあります。

親子会社・関連会社など企業グループ内における雇用調整のための転籍が急増し、こうした場合には事前の包括的同意でよいかが問題となっているのです。

この場合、以下を基準として、その是非が勘案されます。

  • 転籍させることの合理性
  • 転籍後の労働条件の保障

労働者の承諾は、たんに「転籍を命じうる」旨の就業規則や労働協約上の包括的規定だけでは足りず、転籍先企業を明示して明確なものであることが必要であり、また一定期間後の復帰が予定され、転籍中の待遇も十分な配慮がなされ実質的に労働者にとって不利益がない場合に限られると考えられます。

包括的同意により親会社から子会社への転籍が認められた事例

日立精機事件 千葉地裁 昭和56.5.25

  1. 親会社の入社案内に当該子会社が勤務地の一つとして明記されていたこと
  2. 採用面接の際に転籍がありうる旨の説明があり労働者は異議がないと返答していること
  3. 当該子会社は実質的に親会社の一部門として取り扱われ、転籍も社内配転と同様の運用がなされてきたこと

などから、包括的同意を認めて、これに基づく転籍命令を有効とした。


転籍先が受入を拒否した場合

転籍先が採用を拒否した場合は、転籍元は労働者を退職扱いできません。(生協イーコープ・下馬生協事件 東京高裁 平成6.3.16)

転籍は、転籍元での退職と、転籍先での採用が条件ですから、転籍先での採用が決定しなければ転籍元での退職は効力を発生しないことになります。逆に、転籍元を退職しなければ、転籍先での採用も効力を発生しないことになります。

生協イーコープ事件 東京高裁 平成6.3.16 東京地裁 平成5.6.11

転籍元に移籍承諾書を署名したことによって本件移籍を承諾したが、移籍承諾後、転籍先から採用取り消しの通知が出された。

裁判所は、移籍元法人が別法人との間で従業員を移籍させることを合意し、当該従業員が移籍元法人に対し右合意に基づく移籍を承諾した場合でも、その時点で移籍時期、移籍後の雇用条件について何も決まって おらず、同従業員の移籍承諾と同時に雇用契約上の地位が別法人に移転したとみることはできない。 原告が、被告(※転籍先)から採用を拒否され、本件移籍が実現しなかったことにより、原告と派遣元との雇用関係は存続していると解するのが相当である、と判断した。

高裁も原審を支持した。


給与

給与は転籍先の規定で決まります。

この場合、給与あるいは年間収入がダウンするとしても、転籍元としては特に差額補償しません。

雇用関係が消滅した者に対して給与の差額補償をすると、贈与とみなされて課税の対象となります。

ブライト証券・実栄事件 東京地裁 平成16.5.28

転籍2年目以降の賃金額は1年目と同額であるとの主張は、原告らと転籍元間の労働契約に基づく賃金請求をと言わざるを得ない。

原告らと転籍元間の労働契約は合意解約され、転籍先によって承継されたものではないから、転籍先に対する賃金請求の根拠とならない。

一方、転籍元は、従業員ないし労組に対し、転籍後2年目以降の具体的な賃金額としては、一貫して20万円ないし30万円であるとだけ説明し、労組側も、それを前提に賃金額の増額を要求していたものであり、転籍先が転籍後2年目以降も転籍元在籍時の賃金額を支払う旨の意思表示をしたことはないから、原告らと転籍先との間において、転籍後2年目以降の賃金額を転籍元在籍時のもとのとするとの合意はなかった、とされた。


退職金

なお、転籍は、元の会社を退職することになるので、当然、退職金を要求できます。

退職金の支払いは、以下のようなケースがあります。

  1. 転籍時に清算する
  2. 勤続年数を通算して、退職時に転籍元の基準で支給する
  3. 勤続年数を通算して、転籍元分は転籍元基準で、転籍先分は転籍先基準で、それぞれが負担する

そのまま勤続した場合と比較して退職金の額が低くなる場合は、退職金を上積みするなどの配慮が求められるでしょう。

日本ケーブルテレビジョン事件 東京地裁 平成16.1.28

出向(昭和47)後、出向元の会社が解散(昭和61)し、原告は出向先の正社員になった。出向元解散(昭和61)の時点で出向元から635万円が支払われた。

原告はその後、出向先の役員となって退任(平成12)、退職金として100万円、慰労金として100万円を受け取ったが、出向開始時(昭和47)からの通算による退職金支払いを求めた。

裁判所は、原告の退職金請求権を否定した。


出向・転籍が法に触れる場合

なお当然のことですが、出向、転籍とも法令に違反する場合は無効です。

労働組合活動を妨害、弱体化する目的で労組幹部を対象に行うなど不当労働行為(労働組合法7条)に当たる場合、思想信条を理由とする差別(労働基準法3条)がこれにあたります。


転籍拒否を理由とする解雇

特定部門を別会社化し、その部門の労働者を別会社に移すため転籍を命ずるというケースも最近増えています。

この場合でも、原則として労働者の個別的な同意がないときは、転籍命令権は会社にはありませんから、転籍を命じたり、強要することはできません。

ただ、転籍を拒否したとき、転籍拒否者に対する整理解雇が問題になることが考えられます。

日新工機事件 神戸地裁 平成2.6.25

転籍拒否を整理解雇基準とするのは客観的合理性がなく無効である。

千代田化工建設事件 最高裁 平成6.12.20

特定部門の子会社化と当該部門の従業員の移籍が行われた際に、移籍を拒否した1人を解雇したケース。

裁判所は、整理解雇の要件を検討し、子会社化及び移籍という施策自体には経営上の合理性があるとしても、大半の従業員が移籍に応じた以上、会社はすでに経営規模の縮小を達成しており、残る1人を解雇するまでの必要性がないとし、また、会社側の「他の労働者が転籍に応じているからといって転籍に応じない労働者を解雇しなければ不公平」という主張を排斥した。

アメリカンエクスプレス事件 那覇地裁 昭和60.3.20

営業所を閉鎖して当該営業所の業務を別会社にゆだねることとし、全員解雇を行って移籍を求めた事案について、解雇回避努力義務違反があり、人選の合理性もなく、組合との協議義務にも違反して解雇無効とした。

転籍拒否者に対し、社内で別の配転先を見つける努力は必要ですが、労務管理上非常に難しい問題を伴います。

できれば、転籍を打診する際に、退職金の上積み等を提案し、退職の道も選択できるようにしたおくことも考慮されるべきでしょう。

そのうえで、転籍を拒否した場合は、整理解雇の対象となる可能性を示唆して、労働者に最終的な意思決定を求めることになります。


転籍先が倒産した

転籍が確定した時点で、転籍元との雇用関係は終了しています。

その後、仮に転籍先が倒産した場合でも、転籍元が雇用関係を復活させる法的義務を負うわけではありません。

日鉄商事事件 東京地裁 平成6.3.17

原告は、「万一倒産等不測の事態により・・・職を失うようなことが起こった場合、出向者に準じた取扱いをもって職場の確保に努力する」との手紙を受け取っていた。これを元に、転籍元の会社との雇用関係の確認を求めた。

裁判所は、転籍先から雇用契約を解除されたからといって、転籍元の従業員としての地位に復帰することはない、と判断した。


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