退職の撤回について

退職撤回のチェックポイント

(1) 退職届は、退職(一方的解約)の通知か、合意解約の申し込みのいずれの趣旨かを確認する。
(2) 意思表示の瑕疵があれば、無効や取り消しの主張が可能である。

(1)の区別は、現実には退職の撤回は容易ではありません。


労働者からの申し出による退職

合意解約

合意解約とは、労働者と使用者が合意によって労働契約を将来に向けて解約することをいい、実際には「依願退職」といわれるものが、合意解約にあたる場合が多いようです。

また、合意退職の場合は、期間の定めの有無に関係なく、一方の当事者の申し込みと他方の当事者の承諾により合意が成立し、合意内容通りに労働契約が終了します。

合意解約であれば、会社側の合意が承認されるまでの間であれば、退職の撤回が可能です。

労働衛生会館解雇予告手当金請求控訴事件 東京地裁 昭和57.9.10

事務長と口論の後に准看護婦Y女は出勤しなくなったが、その状況を考えるに、事務長がYを呼び出して注意をあたえた事柄は、解雇の理由としては余りにも薄弱であること、当時の一般的な看護婦不足や看護婦の再就職の容易さは病院側もYも知悉していたこと、Yは、すでに病院で働くことに嫌気がさしており、事務長から注意を受けた翌日には他の医院に就職していることなどよりみて、事務長は前記口論に際し解雇通告をしたとは考えられず、その場で雇用契約の合意解約があったと解すべきである。

解約の告知

「○月○日をもって退職します」という宣言は、労働者からの退職の意思表示と解されます。

この場合は、合意を前提としていません。

解約の告知の場合、会社に労働者の意思が到達した以降は、会社は退職の撤回に応じる必要はない、とされています。

自己都合退職

退職(自己都合退職、任意退職、辞職)の場合は、労働者の一方的な意思表示により、労働契約終了の効力が発生する点で合意退職と異なります。

依願退職

依願退職の場合には、意思表示の瑕疵を主張して効力を争ったり、労働者が退職願を提出したのち撤回することがしばしば発生します。

この場合、労働基準法に規定がないので、民法が適用されます。

諭旨退職

懲戒解雇より一段軽い懲戒処分として「諭旨退職」というものがあります。

形式的に退職届を出させ、自分から退職した形にするが、実質的には「解雇」を行うというものです。

本人の申出という形式をとるため、解雇予告を適用する余地はありません。

退職金の支払いについては、自己都合と同額が支払われる場合と、全額不支給や一部不支給とされる場合があります。

真意によらない退職願の取消・無効

形式的に労働者から退職願が提出され、労働契約が解約された場合であっても、その退職願の提出が、使用者の有形無形の圧力などにより、労働者がやむを得ず提出したものであれば、退職の意思は真意に基づかないものとして無効または取り消しうることになります。(民法第95条、第96条)

意思表示の瑕疵(心裡留保、通謀虚偽表示、錯誤、詐欺、強迫)による無効または取消の主張を行うことは可能です。

この場合には、意思表示の瑕疵を裏付ける証拠の収集が重要となります。

民法第95条(錯誤)

意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。

民法第96条(詐欺又は強迫)

  1. 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
  2. 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。

関連事項:退職勧奨と退職強要

退職願を提出した場合であっても、例えば、結婚退職の誓約書が有効だと信じて行った退職の承諾は、意思表示の要素に錯誤があるとして無効(茂原市役所事件 千葉地判 昭和43.5.20)、懲戒解雇にすると脅かされ、やむなく提出した退職願が強迫によるものとして取り消しうる(昭和自動車事件 福岡地判 昭和52.2.4)とした裁判例があります。

このように会社が騙して退職願を提出させた場合などは、強迫もしくは詐欺によるものとして、退職の取り消しを主張されることがあります。

大新運輸商事事件 広島地裁 平成10.1.29

原告は、被告の人事権をもつY2部長に対し、会社を辞める旨発言し、Y2部長がそれを了承する趣旨の発言をしている事実を認めることはできるが、右発言は、双方が勤務のローテーション等を巡って激しい口論をしている中でなされたものであり、労働契約の終了という重要な事項についての真意に基づいた合意と見るには、その前後の事情も考慮した上で判断する必要がある。

その後も退職届は提出していないこと、同年6月中に労働基準監督署に相談に行き、その助言に従い、同月中に、Y2部長に対し、会社を辞める意思がないないことを表明していること、同月29日には被告の仕事と両立できないアルバイトを辞めていることなどの事実があり、これらの事実も考慮すれば、原告の会社を辞める旨の発言は、口論の中でなされた真意に基づかないものであったと認めるのが相当である。

徳心学園(横浜高校)事件 横浜地裁 平成7.11.8

労働者は、懲戒解雇事由はなく、懲戒解雇の可能性がなかったのに、主任の説諭により懲戒解雇になると誤信して退職願を提出したのであって、退職の申込みの意思表示には動機の錯誤があり、これが学校側に表示されていたことは明らかであるから、要素の錯誤となり、合理退職は無効であるとした。

黒田病院事件 東京地裁 平成6.3.7

原告は、被告の一連の不法行為により、退職を余儀なくされたものであるから、退職金算定のための退職事由別係数は「自己都合によるとき」としてではなく、「病院の都合によるとき」に準ずるものとして、この規程を類推適用するのが相当である。

もっとも(原告作成の退職願)には、退職理由として「一身上の都合により」と記載されているが、これは、退職のいわば決まり文句であって、この記載があるからといって、原告の退職を自己都合と認めるべきものではない。

昭和女子大学事件 東京地裁 平成4.12.21

労働者は反省の意を強調する意味で退職届を提出したもので退職の意思を有していなかったものであり、会社は労働者の退職の意思表示が労働者の真意に基づくものでないことを知っていたものと推認することができることから、退職の意思表示は心裡留保により無効であり、退職の効果は生じないとした。

ニシムラ事件 大阪地裁 昭和61.10.17

使用者の懲戒権の行使や告訴自体が権利の濫用と評すべき場合に、懲戒解雇処分や告訴のあり得べきことを告知し、そうなった場合の不利益を説いて退職届を提出させることは、労働者を畏怖させるに足りる強迫行為というべきであり、それによってなした労働者の退職の意思表示は瑕疵あるものとして取り消し得るとした。

しかし、強迫されたかどうか、騙されたかどうかを証明することは、必ずしも容易ではありません。


退職願の撤回

合意解約の場合

使用者が合意解約の申し込みをし、これに対して労働者が退職届により承諾の意思表示をしたと判断される場合には、合意解約は承諾により成立し、退職届の撤回はできません。

退職願の撤回について、裁判例は、合意解約の申し込みである退職願は、使用者の承認の意思表示がなされるまでは、それが信義に反するというような事情が認められない限り、撤回できるとしています。( 白頭学園事件 大阪地裁 平成9.8.29、昭和自動車事件 福岡地裁 昭和52.2.4、田辺鉄工所事件 大阪地裁 昭和48.3.6)

白頭学院事件 大阪地裁 平成9.8.29

労働者による雇用契約の合意解約の申込は、これに対する使用者の承諾の意思表示が労働者に到達し、雇用契約満了の効果が発生するまでは、使用者に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情がない限り、労働者においてこれを撤回することができる。

岡山電気軌道事件 岡山地裁 平成3.11.19

常務取締役観光部長には、単独で即時退職承認の可否を決する権限はなかったとして、当該部長が退職届を受理した後の撤回届の提出により、有効に撤回されたものと認めた。

一般的には、退職願が提出され、それを受け取った会社が退職辞令を出すなどして退職を会社が了解したことを労働者に伝えたときに、退職に関する労使の合意が成立すると考えられます。

従って、会社の意思表示が労働者になされていない間は、原則として、労働者は退職届を撤回することができることになります。

退職届の提出が合意解約の申し込みであるかぎり、それが信義に反するような場合を除き、「もう受理したからだめだ」というような会社の主張は成立しません。

丸森町教委事件 最高裁 昭和34.6.23

会社は、退職願を撤回することが信義に反すると認められるような特別の事情がある場合を除き、すでに会社としての手続きを終了したことや手続き中であることを理由にして、退職届の撤回を拒否することはできない。

大隅鉄工所事件 最高裁 昭和62.9.18

同僚が失踪し、同じ政治活動を行っていた原告がその失踪について事情聴取された。
本人は関係ないと述べたが、自ら退職を申出た。
人事部長が慰留したにもかかわらず、退職届の用紙に署名拇印して提出し、人事部長がこれを受け取った。
翌日、原告は退職届を撤回すると人事課長に申し出たが、拒否された。
一審は、退職の意思表示を無効とした。


最高裁の判断

人事部長が被上告人の退職願を受理したことをもって、本件雇用契約の解約申込に対する上告人の即時承諾の意思表示がされたものというべく、これによって本件雇用契約の合意解約が成立したものと解するのがむしろ当然である。

「人事部長による被上告人の退職願の受理は、解約申込の意思表示の受理を意味するにとどまる」とした原審の判断を覆した。

なお、承諾の権限を有する者による退職願の受領が承諾になると判断される場合もあります(大隅鉄工所事件 最高裁 昭和62.9.18)が、他方で承諾の意思表示をするのに辞令の交付等を要することが就業規則等に規定されている場合には、その交付等が必要となります。

こうしたことから、会社側の承諾の意思表示が重要となります。

自己都合退職等の場合

退職(自己都合退職、任意退職、辞職)の意思表示は、労働者の一方的な意思表示により労働契約を終了させるもので、使用者に到達してしまうと到達時に効力が発生する(民法第97条)ので、使用者の同意がない限り、撤回できないものとされています。

この場合、「真意によらない」意思表示として無効もしくは取り消される(民法第95条、第96条)ことがない限り、労働契約は終了します。

退職願の撤回が有効になされた場合

退職願の撤回が有効になされれば、労働契約は従前通りに継続していることになります。

会社が依願退職手続きを進めても、労働者を退職させることはできません。

会社が労働契約を解約したいというのであれば、会社から退職の申し込みを改めて行うか、もしくは解雇の意思表示をしなければなりません。

なお、会社への退職の意思表示がいつなされたのか、会社の承諾の時期との関係で問題となりますので、注意してください。


一方的な「解約告知」の場合

退職撤回が成立するのは、労働者からの退職願の提出を、しかるべき人事権を持った者が承認するという一連の行為があるからです。

労働者側が、一方的に会社の雇用関係を終了させると告知して、会社を辞める場合は、自ら労務提供義務を放棄したと取られ、後日撤回する余地はなくなると考えられます。


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