退職金規定の不利益変更について

退職金規定の変更を認められなかった判例

退職金規程の変更は、労働者に不利益を及ぼす程度が他の労働条件に比べ大きいところから、退職金規程の不利益変更が争われたほとんどの事件で裁判所はその効力を否定的に解しています。

月島サマリア病院事件 東京地裁 平成13.7.17

就業規則の退職金規定の不利益変更。

経営悪化を理由に、平成9年に退職金金額を一律20%減、支給比率も削減する内容の就業規則の変更を行った。

原告は平成11年に自己都合退職したが、変更前の規程に基づき退職金を請求した。

原告の場合、退職金は変更前の53%にまで減額されていた。

裁判所は、この就業規則の変更は不利益性が大きく、代償措置も認められず、変更当時の経営状態は倒産の危機に瀕しているとまではいえず、変更に合理性がないので、請求は容認できるとした。

大阪日日新聞社事件  大阪高裁 昭和45.5.28

就業規則の退職金規定の不利益変更。

退職金の算定基礎額を基準賃金総額から基本給額に変更したことについて、経営不振の事情があってもとうてい合理的とはいえないとした。

経営不振等の状況もあり、従来「現職最終月の基準賃金総額」を退職金算定基礎額としていた退職金規程を改訂して、「現職最終月の基本給のみ」を算定基礎額とした。

裁判所は、使用者が退職金に関する就業規則を変更し、従来の基準より低い基準を定めることを是認し、その効力が全労働者に及ぶものとすれば、既往の労働の対償たる賃金について使用者の一方的な減額を肯定するに等しい結果を招くのであって、このような就業規則の変更は、たとえ使用者に経営不振等の事情があるとしても、前記労働基準法の趣旨に照らし、とうてい合理的なものとみることはできない。

右就業規則の変更は、少なくとも変更前より雇用されていた労働者に対しては、その同意がない以上、変更の効力が及ばないものと解するのが相当であるとし、変更は変更前から勤務している労働者には及ばないとした。

ダイコー事件 東京地裁 昭和50.3.11

就業規則の退職金規定の不利益変更。

労働者が退職に際して、就業規則の一部をなす退職金規程(旧規定)に基づき受領する権利を有する退職金の未払分(旧規程による算定額から新規程によって算定され支払を受けた額を除いた分)の支払を請求した事例。

従来は会社が支給していたものを社外退職金制度に切り換えたことによって、退職金額が旧規定より大幅に下回る結果となった変更について合理性を否定した。

退職金算定方法につき、従来「従業員の退職時の基本給に、勤続期間に応じた支給率を乗じた額とする」と定めていた退職金規程を、「中小企業退職金共済事業団との間に締結された中小企業退職金共済法に基づく退職金共済契約に基づく掛金月額と掛金納付月数によって、右事業団が算出した額とする」と改訂した結果、原告労働者の退職金額が旧規程による額に比べ4分の1程度になった。

裁判所は、「新規程がすでに旧規程のもとにおいて雇用され、その退職時には当然旧規定に従った退職金の支払が受けられるものとしてきた従業員の期待的利益を剥奪しても足るほどの合理性があるものと認めるに足りる資料はない。

・・・従って原告の退職金の計算については原告の同意がない限り前記のように原告に有利な旧規程が適用されるものと解するのが相当である」とした。

御国ハイヤー事件 最高裁 昭和58.7.15

就業規則の退職金規定の不利益変更。

退職金規定を廃止し、それまでの就労期間分の退職金は支払うがそれ以降は支払わない旨の就業規則改訂について、不利益変更の代償となる労働条件が提供されていないことを理由に無効とした。

最高裁の判断は次のとおり。

原審は、本件退職金支給規定は就業規則としての性格を有しており、右の変更は従業員に対し同年8月1日以降の就労期間が退職金算定の基礎となる勤続年数に算入されなくなるという不利益を一方的に課するものであるにもかかわらず、上告人はその代償となる労働条件を何ら提供しておらず、また、右不利益を是認させるような特別の事情も認められないので、右の変更は合理的なものということができないから、被上告人に対し効力を生じない、と判断した。以上の原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

栗山製麦事件 岡山地裁玉島支部 昭和44.9.26

従来55歳以下の自己退職者にも退職金を支払っていたものを、昭和40年に「55歳以下の本人都合による退職者には退職金を支給しない」旨、退職金規程を変更した。

変更前から勤務し、変更後55歳以下で退職した労働者が退職金を請求。

裁判所は、「右規定の変更は何ら合理的な理由が認められず、また、原告らがこれを承諾したとの主張立証がない本件にあっては、右規定の変更によって原告らは昭和39年以前の規定による退職金請求権を失わない。」として、変更前の規定による退職金を支払う義務があると判断した。

アスカ事件 東京地裁 平成12.12.18

昭和45年に入社し平成12年に退職したが、使用者は平成12年2月に退職金規程を改定したため、退職金が従来の3分の2~2分の1に減少することとなった。従業員は旧規定により支払うべきだとして訴訟を起こした。

会社の経営環境は良好ではなく(退職金規程の改定は関連会社への出向を円滑に進めるためだった)、従業員のほとんどは規定改正に賛成しており、当事者の退職金額は関連会社の1.5倍~2倍であり世間的にいっても遜色なかったとはいえ、これらを勘案しても、旧規程を適用することを覆す理由にはならないとして、裁判所は、請求額全額の1,035万5千円を支払うよう命じた。


退職金規定の変更を認めた判例

逆に、退職金規定の変更と退職金の減額を認めた判例もあります。

大阪第一信用金庫事件 大阪地裁 平成15.7.16

定年延長に伴い、55歳時に退職一時金がいったん支給され、賃金が3割カットとなった。その後の分の退職金との差額と賃金カット分を請求。

裁判所は、退職金差額の請求を退け、賃金カットについても定年延長の利益とのかねあいから合理性があるとした。

大曲市農協事件 最高裁 昭和63.2.16

七つの農協の合併に伴う統一就業規則の作成の一環として退職金の支給率が引き下げられた事件については、変更の必要性が非常に高いこと、他の労働条件が合併により向上していることなどを理由に、合理性を肯定している。


慣行として支給されていた退職金の判例

雇用関係は継続的なものですから、一般の場合より慣行は重要視されます。

問題はどういう場合に慣行が成立するのかということになりますが、その成立を認めた裁判例として次のようなものがあります。

会社には退職金の支払規定がなかったところ、経理事務担当者の進言に基づき、一定の基準に従って退職金の支給を行ってきたときは、慣行により退職金の支給が雇用契約の内容になっていたとして、会社に対し退職金の支払いを認めています。

宍戸商会事件 東京地裁 昭和48.2.27

原告が、前記退職の際、被告会社において退職金規程が存在していたと認めるに足る証拠はない・・・しかし・・・被告会社において、2名(※競業会社に転職)を除いては、退職者全員に原告主張の支給基準で退職金が支払われていることがうかがわれること、しかも、わずか2年6ヶ月の勤続者にも同様の基準で支払われていたことから、退職金は、賃金の後払いと認めるのが相当であり、退職者の退職時の基本給プラス諸手当に勤続年数を乗じた額の退職金を支給する慣行が成立していたものといわなければならない。

日本ダンボール研究所事件 東京地裁 昭和51.12.23

倒産した会社に対して、従業員らが、未払賃金、退職金の支払を請求した事例。

被告会社には明文の退職金規定は存在していなかったが、右認定した基準に基づく退職金算出方法で算定した退職金が支払われており、右基準による退職金の支給は被告会社において確立した慣行になっていたことが認められるから右慣行は被告会社と原告らとの雇用契約の内容となっていたと認めるのが相当である。

(1) 労使慣行の存在を認定して退職金請求権を認容した例
  • 宍戸商会事件 東京地裁 昭和48.2.27
  • 日本段ボール研究所事件 東京地裁 昭和51.12.22
  • 吉野事件 東京地裁 平成7.6.12
  • 学校法人石川学園事件 横浜地裁 平成9.11.14
(2) 労使慣行の存在を否定した例
  • 灘蔓・灘蔓商事事件 大阪地裁 昭和54.11.27
  • なにわや事件 大阪地裁 平成8.6.14
  • カブト工業事件 大阪地裁 平成9.1.31
(3) 個別合意の存在を認定して退職金請求権を認容した例
  • イオナインターナショナル事件 東京地裁 平成7.2.27
  • ハード産業事件 大阪地裁 平成7.3.29
  • 布目組事件 名古屋地裁 平成7.1.24
(4) 求人票の記載から退職金請求権を認容した例
  • 丸一商店事件 大阪地裁 平成10.10.30

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