退職金の控除について
会社からの借入金の残金を退職金で精算できるか
社内の住宅資金貸付制度などで、借入資金の残金がある場合などについても、控除協定があれば、退職金からの控除ができます。 当事者が納得した上で契約を結び相殺することは禁止されていません。
この場合、当事者の「全額控除してもいい」という自由意思に基づいて契約が結ばれていることが前提となります。
当事者の自由意思による合意であれば、労働基準法第17条の「前借金と賃金の相殺禁止」に該当しないと解されます。
民事執行法等の制限(控除は4分の1まで)を超えて控除することがあることも明記しておくと、トラブル防止になります。
貸出の条件として、控除協定には、「退職金支払いの際、住宅貸付金の返済金の残額がある場合には、これを控除する」といった趣旨の規定を設けておきます。
大鉄工業事件 大阪地裁 昭和59.10.31
原告は、相殺として退職金の一部控除が許されるのは、民法510条、民事執行法152条の各規定により退職金の4分の1の範囲に限られる旨主張するが、本件相殺(控除)は、前記のとおりAの自由意思に基づくものであるから、右各規定による制限を受ける故はなく、右原告の主張は理由がない。
大阪市交通局事件 大阪地裁 昭和60.9.24
原告は、本件各退職金の中から本件貸付金を返済しなければ、本件各退職金が支払われないことになっていたため、訴外D(※労働者)に本件各退職金の請求だけを選択する余地がなく、訴外Dの自由な意思決定に基づくものではないから、実質的にみて相殺に外ならない旨主張するが、退職時に本件各退職金から本件貸付金を控除することができること自体は貸付時の条件となっており、訴外Dも右条件を承諾していたのであるから、訴外Dの自由な意思決定に基づいてなされたものであることは右認定の事実関係から明らかであるから、右主張は理由がない。
退職金からどの程度控除できるかという限度については、民事執行法第152条2項に退職一時金について「その給付の4分の3に相当する部分は、差し押さえてはならない」との規定があります。
また、民法第510条では、差押禁止債権による相殺を禁止しています。
このことからすると、控除協定等が存在する場合であっても、退職金支給額の4分の1を超えて相殺することはできないこととなります。
ただし、この規定は、民法第506条の一方的な意思表示をする相殺にのみ適用されると解されていますので、使用者が退職金の支払期日に一方的に相殺を行うのではなく、労働者の自由意思による場合は、前述の4分の1の額を超えて相殺ができることになります。
したがって、退職金支給額の4分の1を超えて相殺を行う必要があると予想される場合は、事前に労働者との間で、「退職時に貸付金の未返済額が残っている場合は、その全額を退職金から控除する。」等の相殺予約に関する明確な取り決めをしておくことが必要でしょう。
労働者が退職金を放棄した場合
労働者が退職に際して“自らの自由な意思に基づき”退職金債権を放棄する旨の意思表示した場合は、賃金全額払の原則によりその意思表示が無効だと解することはできません。
例えば、従業員が在職中に使用者に与えた損害を補填する趣旨で自己の退職金債権を放棄した場合、それが従業員本人の自由な意思に基づくものであることが明確な場合には、有効であり、賃金全額払の原則には反しないことになります。
ただし、退職金の放棄が、真に本人の本意から出ているか、確認し、証拠を残しておくことは必要です。
退職金も賃金である以上、労働基準法第24条が適用されます。
使用者は、労働者が退職金債権を放棄したことを理由に退職金の支払を拒絶できるかについては、最高裁は、放棄が労働者の自由な意思に基づくことを認めるに足る合理的な事情が客観的に存在すれば、全額払いの原則に違反しない(シンガー・ソーイング・メシーン事件 最高裁 昭和48.1.19)としています。
なお、合理的客観的理由の存在については、使用者が主張、立証責任を負うことになります。
シンガー・ソーイング・メシーン事件 最高裁 昭和48.1.19
就業規則により算出した退職金は約408万円であったが、労働者が退職にあたり「いかなる性質の請求権も有しないことを確認する」との書面に署名した。
会社は、これを退職金債権を放棄する旨の意思表示とみなして、退職金を支給しなかった。
労働者側は、その意思表示は誤解に基づくものとして、無効を求めた。
裁判所は、退職金を賃金に該当するものとして、原則的には当然支払うべきものであるとしながらも、本件のように自らが退職に際し退職金債権を放棄する旨の意思表示をしたので、この意思表示は有効であると判断した。