労働審判の流れ

労働審判の申し立て

労働審判制を利用するためには、裁判所に書面で申し立てることが必要です。

相談機能はありませんから、労働審判に馴染む案件かどうかを、事前によく吟味しておく必要があるでしょう。

費用がかかりますが、弁護士等が委任を受けることによって手続を進行したほうがスムーズに事が運ぶとも考えられます。

申し立てがあった場合に、労働審判は相手方の意向を問わずに手続が進行します。

申立書は、最初で最後の提出書面になる可能性が高く、これには事案の概要・予想される争点・交渉の経緯など、およそ紛争解決に必要と思われることは網羅的に記載しておく必要があります。

主張を小出しにして、相手方の反応を見ながら対応するというやり方を、労働審判は予定していません。

申立書の写・証拠書類の写は、裁判所から相手方に送付されます。

審判の申し立てを裁判所が却下した場合は、即時抗告ができます。

審議は原則3回ですから、迅速に行われなければなりません。労働審判官が、期日を決めて関係者を呼び出します。

呼びだしに応じなければ過料が課せられます。

労働審判法第31条

労働審判官の呼出しを受けた事件の関係人が正当な理由がなく出頭しないときは、裁判所は、5万円以下の過料に処する。

審判手続きは原則非公開です。ただし、相当と認める者の傍聴は認めることができます。

申し立てには弁護士は必要ありませんが、わずか3回(実質的には2回で大勢が決する)で決まる審判制ですから、問題点の整理が事前に十分されていなければ良い結果は得られません。

したがって、専門知識を持つ人の手助けが求められる場合が多いと思われます。

申し立てられる人

なお、労働審判も申し立てることができるのは労働者ばかりではなく、使用者側も審判を申し立てることができます。

派遣労働者についても、派遣先との間に雇用関係はありませんが、派遣先の事業者にも労働基準法の規定の一部が適用されること(派遣労働法第44条から第47条の2まで)などから、派遣労働者と派遣先の事業主との間の労働紛争についても、労働審判手手続の対象となりうると考えられています。

申立書の記載事項

(1) 申し立ての趣旨
(2) 申し立ての理由(申し立てを特定するのに必要な事実及び申立てを理由付ける具体的な事実を含む)
(3) 予想される争点および当該争点に関連する重要な事実
(4) 予想される争点ごとの証拠(証拠書類は写しを添付)
(5) 当事者間においてされた交渉その他申立に至る経緯の概要(あっせんその他の手続においてされたものを含む)
(6) 代理人の住所の郵便番号および電話番号(ファクシミリの番号を含む)

代理人

労働審判において代理人を付けることは義務付けられていません。したがって、本人のみによる労働審判も可能です。

ただし、わずか3回という限られた期日で、争点整理や証拠調べをして結論を出すことから、法的な知識・経験がないと十分な対応をすることは難しいと考えられます。

とりわけ、第2回目の審理のやり取りは口頭による事実確認が中心ですから、知識・経験の乏しい場合、これを乗り切るのは容易ではありません。

したがって、代理人として弁護士が付くことは、望ましいといえます。

訴訟手続同様、代理人は弁護士であることが基本です。(労働審判法第4条)

なお、裁判所が許可すれば、弁護士以外の代理も可能とされています。本人と代理人となるべき者との関係を証する文書の提出が必要です。

社会保険労務士や司法書士等が報酬を得る目的で代理人となることは、弁護士法第72条に反するためにできません。

組合専従者が組合員の代理人となることについても、上記法との関連から問題があると考えられています。

このため、弁護士でない者が代理人となるケースとしては、その者が本人と親族関係にあるなど何らかの特別の関係にある場合と考えられます。

そのために「本人との関係」を明らかにし、これを証する文書の添付を要求しているのです。

答弁書の記載事項

(1) 申し立ての趣旨に対する答弁
(2) 第9条第1項の申立書に記載された事実に対する認否
(3) 答弁を理由付ける具体的な事実
(4) 予想される争点および当該争点に関連する重要な事実
(5) 予想される争点ごとの証拠
(6) 当事者間においてされた交渉(あっせんその他の手続においてされたものを含む。)その他の申し立てに至る経緯の概要
(7) 代理人(代理人がない場合にあっては、相手方)の住所の郵便番号および電話番号(ファクシミリの番号を含む。)

予想される争点についての証拠書類があるときは、その写しを答弁書に添付しなければなりません。

答弁書を提出する場合は、同時に写し3通を提出します。


証拠調べ

審判の相手方は、第1回目の審判の10日くらい前までに答弁書を提出することになります。

十分な時間的余裕がありませんから、法的作業のために急いで弁護士と相談することが必要です。

簡易な制度とはいえ、証人尋問、当事者尋問、書証の取調べ、審尋等が行われます。

審理がいったん終了すると、その後に提出された資料を審判に持ち込むことはできません。

審判委員会は、職権で事実調査をすることができます。証拠調べをする権限もあります。

資格証明書

労働審判の申し立てを行う場合には、相手方が法人だと資格証明書(商業登記簿謄本)の添付が必ず必要となりますので、取り寄せてください(ただし、取り寄せが間に合わないときは、後から出すこともできます)。

相手方(通常1通)+審判委員分(通常1通)が必要です。控えも必ずコピーし、手元に残るようにします。

なお、この商業登記簿謄本の目的欄に記載されている主な内容が、申し立て理由に記載する相手方の「営業内容」になります(ただし、相手方が個人企業の場合には、実際に行われている営業内容を記載します)。


審判になじまないとの判断により終了させる

労働審判委員会は、紛争の内容が審判になじまない場合は、事件を終了させることができます。

例えば、争点が多数ある場合や多数の当事者が関与している場合など、複雑困難な紛争であって、原則3回以内の期日で終結するというこの手続では解決困難だと判断される事案などが、該当します。

手続外の第三者の利害に関わる事案等(未払賃金の相続問題等が絡んでいる場合など)、労働審判を行うことによりかえって紛争が拡大する結果となることが予想される場合などが、これに当たります。

また、相手方への嫌がらせを目的として濫用的に申し立てをするような場合に、労働審判法では民事調停法第13条のような規定を置いていないため、労働審判委員会が第24条1項に基づいて事件を終了するか、申立権の濫用といえるような場合には労働審判法第6条により、裁判所が却下決定をすることになると考えられます。


労働審判

第1回目の審判は、申し立てから40日以内に指定されます。

これは、相手方が答弁書を提出するまでに3~4週間の準備期間を確保し、申立人がこの答弁書を受け取って1週間から10日間の検討期間を確保するとなると、この程度が目安となります。

労働審判手続は、裁判所が職権的後見的に紛争を解決してくれるものではなく、自分で法的な権利関係や事実関係について主張、立証しないと負けてしまいます。

相手方が出頭しなかった場合は、5万円以下の過料が課されます(労働審判法第31条)し、欠席のまま手続きが進行することにもなります。

関係人についても、審判官の呼び出しを拒否し、出頭しない場合、5万円の罰金となります。

不出頭であっても、労働審判が終了されることはなく、事案に応じて、申立人に適宜主張立証させた上で、労働審判を行う方向で運用されます。

1回目

当事者の陳述を聴いて、争点および証拠の整理をするほか、可能な証拠調べを行います。

したがって、第1回期日までに、何が争点になるかできるだけ明確化して、必要な証拠を提出できるように準備して審理に望むべきです。

口頭主義による審理ですから、次々と浴びせられる質問に対して、何でもしっかりと答えられるように事案を十分に把握しておくことが必要です。

第1回目のイメージとしては、双方対席の下で、まず申立人側が、次に相手方側が、それぞれ5分ないし10分程度、自分の側の言い分を口頭で説明し、次に労働審判委員会が、説明内容ならびに申立書、答弁書の記載や、提出された書証も含めて、不明確な点や事案解明に必要な点について、口頭で自由に質問し、当事者側がこれに口頭で答えていく、というものになります。

口頭主義の場合、一般に書面主義よりも準備と能力の差が歴然と出る、といわれています。準備が不十分であると、質問にしっかりと答えられず、立ち往生せざるを得なくなります。

第2回期日に呼び出すべき利害関係人に関する意見も、第1回期日で表明できるようにしておくべきです。

2回目

第2回期日は、原則として証拠調べが中心となりますが、調停も試みられます。やむを得ない事由がある場合を除いて、第2回目で、全ての審理が終了します。

当事者の主張・証拠提出は2回目までに終えなければなりません。

書面の提出は申立書と答弁書だけで、あとは口頭主義が原則となっています。答弁書に対する反論やこれに対する再反論、再々反論は、労働審判期日において口頭で行います。

相手方の主張に対する反論について「追って書面で」という対応は許されません。ただし、口頭での主張を補充する書面を出すことはできます。

第1回目に争点の整理が終了したにもかかわらず、第2回目にまったく新しい主張が出された場合は、それがただちに排斥されるということはありませんが、3回以内で審理を終えるという趣旨からみれば、このようなことは慎むべきです。

場合によっては時機に遅れたものとして労働審判の判断資料から除外されることもありえますし、審判自体が「3回での終結困難」と判断され、打ち切られることもあります。

終結(3回目)

第3回期日には、調停が行われます。調停で解決できないときは、審理の終結が宣言されます。

審議が終結したときは、審判が言い渡されます。

審議の終結後に新たな事実が明らかになったとしても、それを審判の資料として用いることはできません。

審判は、原則として主文および理由の要旨を作成し、口頭により、結果を告知します。

告知された時点で、労働審判の効力が生じます。

相手方の所在が不明であるなどの理由で、審判書を送達できない場合は、労働審判は取り消されます。(労働審判法第23条)


調停

調停は期日において、随時行われることが、予定されています。

調停の主体は労働審判委員会であり、労働審判官または労働審判委員のうちの一部の構成員による調停は、予定されていません。

当事者による主張立証活動が終了した段階で、労働審判委員会が合議した上で提示する調停案は、労働審判の内容と相当程度一致する可能性が高く、重い意味があるものとなります。

なお、審理を終了した後には調停を行うことはできません。


審判の内容

訴訟だとどちらの主張が正しいが白黒つけることが中止になりますが、労働審判は「当事者の権利関係を確認し、金銭の支払い、物の引き渡しその他財産の給付を命ずる」ことができますし、さらにその他相当と認める時効を定めることができるとされていて、事案に則した柔軟な解決を図ることが可能となっています。

審判は、裁判上の和解と同一の効力を有します。

ただし、強行法規違反・公序良俗違反や意思表示の瑕疵があれば、覆すことができます。

使用者が金銭解決を求めた場合で、労働者が金銭解決を受け入れる可能性がまったくないにもかかわらず金銭解決の審判を出すのは、審判の経過を踏まえていないと考えられます 。

労働者が金銭支払によって審判の結論を受け入れる余地があるなら、金銭解決としての審判を下してもいい、との考え方もあります。

解雇が有効な場合でも、一定の金銭支払を命ずる審判がなされることも考えられます。


異議申し立て

2週間以内に行います。異議申し立ては書面によることが必要です。異議申し立てに理由はいりません。

異議申し立てにより審判は失効します。

審判は失効しますが、逆に、異議の申し立てによって、自動的に、地方裁判所(労働審判事件が係属していた管轄に属する)への訴えが提起されたとみなされることになります。(労働審判法第22条)

異議申し立ての撤回は認められないと解されます。

一方の異議申し立てによって他方が審判が失効したものと思って異議申し立てを行わなかったとき、これを取り下げると不測の不利益が生じるおそれがあるためです。


審判の確定

双方から異議がないまま2週間が経過すれば、労働審判は、訴訟上の和解と同一の効果を有することになり、紛争は落着となります。


費用の負担

取消しや労働審判の確定以外の事由で事件が終了した場合、異議申し立てにより審判が効力を失った場合は、裁判所が、職権により費用負担を命じることもできます。

異議申し立てにより訴え提起された場合は、訴えの手数料から労働審判手続の手数料が控除されます。

調停成立時の費用負担

調停条項の中に費用負担についての定めがあるときは、これに従います。

ない場合は、各自が支出した費用は各自が負担し、相手方に償還請求することはできません。


事件記録の閲覧

労働審判と、不成立後の訴訟とは全く別ものですが、審判でやり取りされた記録・資料は、閲覧、コピーによりその後の訴訟で参考資料として利用することができることとなっています。


傍聴

審判手続は公開されませんが、相当と認められる者の傍聴は許されます。

傍聴が許されるのは、当事者が高齢者や年少者の場合等の親族、労働者の加入する労働組合役員や、会社の人事担当者など、準当事者的な者が想定されます。


秘密の保持

評議の対象となった事項はすべて秘密となります。

労働審判員(その退任者も含む)が、労働審判官(員)の意見を漏らした場合は30万円以下の罰金、職務上知り得た人の秘密を漏らした場合は1年以上の懲役または50万円以下の罰金となります。(労働審判法第34条)


訴訟への移行

労働審判の申し立ての書面は、そのまま訴状として見なされます。

この時点で、申立人は民事訴訟法の規定にしたがって、訴えの取り下げを行うことができます。

労働審判手続の申請書が審査され、訴状として不備があれば補正が命じられるとともに、印紙類の不足分について追納が命じられます。

期間内に追納しなかった場合、裁判所は訴状を却下することになります。(民事訴訟法第137条2項)

移行後の訴訟を、労働審判事件において労働審判官であった裁判官が担当したとしても、前審関与には当たらず、違法性は生じません。

審判に使用した資料は引き継がれません。訴訟の場に移る段階で、整理し直して裁判所に提出する方が良いと考えられます。


ページの先頭へ