従業員が失踪した場合

従業員が行方不明の場合

無断欠勤は解雇理由になりえます。

就業規則に「2週間以上の無断欠勤」などの定めがあれば、懲戒解雇の事由にも該当しますが、解雇手続きを進めるためには、使用者側の意思表示が相手側に到達することが必要です。

解雇通知が届いたとき、たまたま本人不在で家族が受領を拒否しても、到達があったと認められます。

問題は、当事者が失踪して行方不明の場合です。

厳密には、この場合、簡易裁判所に対し公示送達(民法第98条の2)の手続きをとります。


公示送達の手順

  1. 公示送達の申し立て

    会社は従業員の住所地を管轄する簡易裁判所に、従業員が行方不明である旨の疎明資料を添えて、従業員の解雇についての公示送達の申し立てをする

  2. 簡易裁判所が会社に対し、公示送達の許可

  3. 簡易裁判所が会社に対し、公示送達があることを官報または新聞へ掲載あるいは市町村役場またはこれに準ずる場所へ掲示することを命令する

  4. 会社は、官報・新聞へ解雇の意思表示を掲載

  5. 2週間経過

  6. 解雇の意思表示が従業員に到達したとされる

解雇の意思表示は、雇用契約の相手である労働者本人に対して行わなければならないものであって、家族に伝えても本人に意思表示が伝わらなければ効力がないというのが原則です。

民事訴訟法で定める公示送達>手続については、裁判所の掲示場に公示送達のあることを掲示してもらい、かつ、掲示のあったことを官報および新聞に1回以上掲載するという方法をとります。

裁判所は、官報・新聞へ掲載させる代わりに、市町村役場またはこれに準ずる場所にその旨掲示することを命ずることもできます。

いずれの場合も、掲示した日から2週間経過した日に、意思表示が相手方に到達したことになります。(民法第98条3項)

したがって、その解雇の意思表示の到達した日から30日の解雇予告期間を経過した日が解雇日ということになります(懲戒解雇ではない場合。事後的に解雇予告の除外申請を行うことも可能です)。

このように公示送達ではかなり時間と手間がかかります。

このため、現実的には、残った家族と相談の上、「会社には一切の迷惑をかけない」などの念書をとり、退職または解雇したものとして扱っている例が多いものと思われます(法的には問題の残る処理方法ですが・・・)。

少なくとも、就業規則に無断欠勤が続く場合の取り扱いを明示し、これをよく周知しておけば、後日のトラブルを避ける手だてになるといえます。

兵庫県社土木事務所事件 最高裁 平成11.7.15

多額の借金を抱え失踪した県職員を、約2ヶ月後に懲戒免職処分とし、職員の妻に処分通知書を交付し、通知書を県公報に掲載、公報を失踪前の住所に郵送した。

大阪高裁(平成8.11.26)は、県が公示送達による手続きを取らなかったことから、免職の効力を無効としたが、最高裁は、県は行方不明の場合は従前から前記の方法で免職処分の手続きを行っており、失踪した職員も前記の方法で免職処分がされることを十分に了知し得たものというのが相当であるとして、二審判決を破棄した。


自動退職規定・黙示の意思表示

あらかじめこうした問題に備え、就業規則に、客観的事情や所在不明の事実および無断欠勤の期間などによる自動退職を規定化する方法もあります。

所在不明のまま長期無断欠勤を続けていることを捉え、これを退職の「黙示の意思表示」として判断できれば、依願退職として扱えます。このためには、客観的事情を確認し、今までの事実経過や本人の過去の言動などから、誰からみても本人が退職のために所在不明になっていることが明白であれば、依願退職扱いも可能でしょう。


失踪した従業員の給与

従業員が失踪して行方不明の場合、給料の支払い残額が生じることが普通です。

給料が口座振込なら、形式的にその口座に振り込み、当事者から抗議もなければ問題は生じません。

しかし、給料が事業所内で手渡しされている場合は、いろいろと面倒が生じます。

労働基準法第24条は、「直接労働者に」賃金を支払うよう定めています。

さらに、その従業員が未成年の場合、その賃金未払分を両親に渡すと、両親は刑事罰を受けることになりますので、受け取れません。

したがって、従業員が未成年の場合は、会社としては、その未払賃金を当分預かっておく以外に方法はなくなります。

ただし、会社として従業員を探し出して、賃金を渡さなければならないという法的義務を負うわけではありません。

会社は、従業員が賃金を取りに来るまで、それを管理していればいいのです。(民法第644条)

管理期間は、賃金の消滅時効の2年間となります。

賃金が消滅時効にかかる場合、この賃金は、雑収入として受け入れることになります。

トラブルが予想される場合は、民法第494条(供託)により法務局に供託する方法もあります。

民法第494条(供託)

債権者が弁済の受領を拒み、又はこれを受領することができないときは、弁済をすることができる者(以下この目において「弁済者」という。)は、債権者のために弁済の目的物を供託してその債務を免れることができる。弁済者が過失なく債権者を確知することができないときも、同様とする。


失踪した従業員の退職金

会社は失踪した従業員から請求がない限り、退職金を支払うことができません。

直接払いの例外として「使者払い」ということもありますが、突然の失踪者が家族を使者として指定することは考えられませんから、妻などから退職金の支払いを求められても、支払うことはできません。

行方不明の労働者の退職金は、地方法務局またはその支局の供託所に供託することになります。

こうした場合、妻は、利害関係人として家庭裁判所に対し、財産の管理について必要な措置をとるよう請求できるとされています。

民法第25条1項

従来の住所又は居所を去った者(以下「不在者」という。)がその財産の管理人(以下この節において単に「管理人」という。)を置かなかったときは、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求により、その財産の管理について必要な処分を命ずることができる。本人の不在中に管理人の権限が消滅したときも、同様とする。

失踪した従業員が現われても、5年以内に退職金を請求しない限り時効で退職金が消滅します。(労働基準法第23条第115条

やむをえず家族に支払う場合に、「後日、本人がその支払いに異議を申し立てた場合には責任をもって解決し、会社に迷惑をかけない」旨の一文をもらった上で支払うことも、現実にはあり得ます。

もっとも、失踪した労働者が死亡すると、相続人が請求して賃金と退職金を取得することとなります。

労働者が死亡したときの退職金の支払について別段の定めがない場合には民法の一般原則による遺産相続人に支払う趣旨と解されるが、労働協約、就業規則等において民法の遺産相続の順位によらず、施行規則第42条、第43条の順位による旨定めても違法ではない。

(昭和25.7.7 基収1786号)

※第42条、第43条:労災補償における遺族補償の受給者に関する規定

なお、サラ金等により退職金の差押えが行われた場合、その限度額は退職金額の4分の1までとされています。(民事執行法第152条)


失踪した従業員の雇用保険の手続き

従業員が突然来なくなり、連絡も取れなくなってしまったとすると、雇用保険の喪失届に本人の印鑑がもらえなくなります。

退社後、本人の印鑑をとれないことはよくあることです。

この場合は、会社の代表者印を押せば、受け付けてもらえます。


失踪にまつわる法解釈

失踪後の本人に成り代わって、不在者管財人が退職金相当分の支払いを求めたケースとして、兵庫県社土木事務所事件(最高裁 平成11.7.15)がありますが、最高裁は、家族への通知と公報登載を根拠に、失踪した職員の懲戒免職処分を有効としています(民間企業では、家族への通知と社内報への掲載だけでは、効力は認めがたいのですが・・・)。

また、かなり古い通達ではありますが、炭鉱労働者の無断退山に対して、労働者側からの退職については、就業規則等に定めがない場合、民法の原則による。したがって、無断で2週間欠勤すると労働者の意思で退職したと取り扱ってもよい(昭和23.3.31 基発513号)という見解も出されています。


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