始末書提出拒否による解雇について

始末書を出さないという理由で、解雇できるか

(1) 始末書の提出を要求するには、就業規則や特別の根拠規定が必要である。
(2) 始末書の提出は個人の良心の自由にかかわる問題を含み、始末書不提出自体を特に悪い情状と見ることを相当とはいえず、また業務命令に違反するとしてもその程度は軽微なものと考えられ、始末書不提出だけを理由に懲戒解雇することはできない。

始末書

始末書には、事実のてん末の報告書としての意味をもつものと、何らかの形で自己の非を謝る意思表示が含まれているものとがあります。

後者の意味での始末書の制度は、一般には戒告・譴責などの最も軽い懲戒手段の一方法であると同時に、減給、出勤停止ないし謹慎、昇給停止などの懲戒手段に付属して設けられ、実際の労務管理において重要な役割を果たしています。

始末書制度は、被処分者による始末書の提出をまってはじめて実現される点が特徴的です。

そこで、以下のようなことが問題になります。

  1. 始末書提出を使用者は強制できるのか
  2. これを業務上の指示命令と解しうるのか
  3. したがって始末書提出拒否は業務上の指示命令違反として懲戒処分の対象となるのか

実際、始末書の書き方や提出の仕方をめぐって、労使紛争がエスカレートすることも少なくありませんが、学説上の議論は極めて少ないようです。


始末書提出命令を使用者は強制できるのか

多くの場合は就業規則の規定がありますので、裁判でこの問題が正面から争われた例は多くはありません。

始末書の提出は、「労働者の思想、良心、信条等と微妙にかかわる内的意思の表白を求めるもの」であるから提出を義務つける特別の根拠規定が必要であるとしているものがあります。(丸十東鋼運輸倉庫事件 大阪地堺支判昭53.1.11)


始末書提出命令を業務上の指示命令と解しうるのか

業務命令ではないとする判例は、「始末書の提出命令は、懲戒処分を実施するために発せられる命令であった、労働者が雇用契約に基づき使用者の指揮命令に従い労務を提供する場において発せられる命令ではない」とし、労働者の義務は労務提供義務に尽き、労働者は使用者から身分的、人格的支配を受けるものでないこと、始末書の提出の強制は個人の意思の自由の尊重という法理念に反するから、業務上の指示命令に該当しないとしています。

業務上の指示命令とする判例は、使用者の企業秩序を維持し職務規律を保持する権限のなかに始末書の提出命令を含ましめ、これを業務上の指揮命令とするものと(水戸駅デパート事件 水戸地判 昭和46.2.25)、始末書提出を求めうる趣旨の就業規則条項が存在することにより、直ちに職務上の上長の指揮命令にあたるとするもの(エスエス製薬事件 東京地判 昭和42.11.15)があります。


始末書提出命令拒否は懲戒処分の対象となるか

始末書提出義務があるにしても、始末書提出拒否を理由に独自の処分をなしうるのかについての判例では、おおよそ3つの立場があります。

提出拒否を理由とする処分が許されないとする立場

その理由として、労使関係において全人格的な従属は要請されないとか、個人の内心の自由が尊重さるべきであるとかといった理由が挙げられています。

同時に、始末書提出拒否を理由とする処分が二重処分であることも指摘されています。

判例には、「本件の内容のような始末書の提出の強制は個人の良心の自由にかかわる問題を含んでおり、労働者と使用者が対等な立場において労務の提供と賃金の支払いを約する近代的労働契約のもとでは、誓約書を提出しないこと自体を企業秩序に対する紊乱行為とみたり、特に悪い情状とみることは相当でない」(福知山信用金庫事件 大阪高判 昭和53.10.27)があります。

必ずしも明確な態度を示さない立場

結論としては懲戒処分を認めていないので、第1の立場に近いと考えられます。

ここでは、始末書命令の特殊性、すなわち当該命令は指揮命令に従い労務を提供する場合において発せられる命令ではないとの指摘や、個人の意思を尊重すべきことが指摘されています。

始末書提出命令が業務命令の一種だとしても、通常の労務指揮上のそれとは性質が異なり、服務規律上の命令なので、違反に対する制裁のあり方も相違することになるとされています。

提出拒否を理由とする処分を許されるとする立場

多くは特段の理由を示していません。

しかし、処分が許されるとする立場にもかかわらず、結果的に解雇自体は濫用とされたり、始末書提出拒否の事実だけを解雇理由とする事件が少なくありません。

始末書の提出拒否自体が、業務命令に違反するとしても、その程度は軽微なものであるという判断がその背後にあると考えられます。

なお、軽微な過誤について管理職が執拗に反省書の提出を要求し、その結果心因反応により欠勤したことを理由になされた賃金請求も認められています。(東芝府中工場事件 東京地裁八王子支部判 平成2.2.1)


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