身元保証書の請求権

保証人にすべての責任を負わせることはできない

いかなる場合でも、保証人に100%損害を賠償させることができるわけではありません。

その内容は「身元保証に関する法律」によって厳しく制限されています。

本人に故意または重大な過失があったならともかく、軽過失の場合で保証人に責任を問うことには無理があります。

社員を業務面で日常的に監督する立場にあるのは、保証人ではなく、会社自身です。

会社として、本来行うべき監督を行わなかったために発生した損害を保証人に賠償させることは認められないのです。

なお、労働者が出向先で起こした問題に対しては、身元保証人は責任を負わないとされています。(坂入産業事件 浦和地裁 昭和58.4.26)


極度額(上限額)の定めが必要

会社が身元保証人に対して損害賠償を請求するには、身元保証書(身元保証契約)において、損害賠償の上限金額(極度額)をあらかじめ明記しておくことが必要となりました。

これは、2020年4月1日施行の改正民法第465条の2(個人根保証契約の保証人の責任等)で定められました。

身元保証契約も個人根保証契約に該当するため、同様に保証の極度額の定めが必要となります。

改正前に締結された極度額の定めのない身元保証契約は有効ですが、もし改正後に更新するような場合や、これから新たに締結する場合は、極度額の定めがなければ、その保証契約自体が無効となりますので注意が必要です。

極度額の金額や定め方については、特に法律による規制はありませんが、あまりにも高額な極度額の場合は公序良俗に反するとして認められない可能性もありますので、事前に専門家に相談してください。

個人根保証契約の保証人の責任等
民法 第465条の2

(1)一定の範囲に属する不特定の債務を主たる 債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約 」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる 全て のもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、 その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。

(2)個人根保証契約 は、前項に規定する極度額を定めなければ、 その効力を生じない。

(3)第四百四十六条第二項及び第三項の規定は、 個人根保証契約 における第一項に規定する極度額の定めについて準用する。


責任の範囲および金額は裁判所が決定する

会社側が責任を負うべき「やむを得ない事情」がなく、解約期間を守らず即時解除した場合で、現実に使用者に損害が発生した場合には、身元保証人の責任が問題になる可能性が生じるので、注意が必要です。

身元保証人の責任およびその金額は裁判所が決定することになっています。

裁判所は以下のことを総合的に判断して、決定を行います。

(1) 労働者の監督に関する使用者の過失の有無
(2) 身元保証人が保証をするに至った理由
(3) 身元保証人が保証をするときに用いた注意の程度
(4) 労働者の業務または身体の変化
(5) その他一切の事情

使用者が被った損害にもよるでしょうが、使用者が裁判所に訴える可能性は少ないといえるでしょう。

また、たとえ裁判に訴えたとしても使用者の約束違反も斟酌されることになります。

特に軽過失については、保証書に「一切の損害の賠償」と記載されていたとしても、原則として責任を問うことは難しいといえます。

横領・窃盗といった犯罪行為にあたるような故意による損害の場合は別として、過失による損害については、全額の賠償のケースは少なく、裁判でも2~7割の範囲で賠償が命じられているようです。

たとえ身元保証人に請求されても、そのときになってから対応すればよいわけですから、一般的には無視して退職しても問題の起こる可能性は低いと考えられます。

坂入産業事件 浦和地裁 昭和58.4.26

1,988万円の損害額について身元保証人の責任の範囲を200万円とした。

また、身元保証人契約書の合意範囲は、原則として当該使用者の指揮命令下で労務を提供する場合であり、特段の合意がない限り出向先の行為にまでは及ばないと判断されている。

三和商会事件 最高裁 昭和60.5.23

594万余円の損害額について身元保証人の責任の範囲額を300万円とした。

嶋屋水産運輸事件 神戸地裁 昭和61.9.29

900万余円の損害額について身元保証人(2人)の責任の範囲額を180万円とした。

ワールド証券事件 東京地裁 平成4.3.23

10,336万余円の損害額について、身元保証人(2人)の責任の範囲額を4,134万余円とした。


保証した者が出向した場合

労働者がいかなる使用者の指揮命令下で労務を提供するかは、契約の本質的要素です。

したがって、身元保証契約書の合意範囲は、原則として当該使用者の指揮命令下で労務提供している場合とみなされ、特段の合意がなければ、出向先の行為までは及ばないと考えられています。(坂入産業事件 浦和地裁 昭和58.4.26  ただし本判決では、出向元と労働者との間の指揮命令関係が存在したと認められたため、身元保証人の責任を肯定している)

関連事項:出向・転籍


返還請求

身元保証に基づく債務の発生可能性がない場合は、返還を請求することができます。

東京セクハラ(破産出版社D社)事件 東京地裁 平成15.7.7

退社後の身元保証書の当該出版社に対する返還請求につき、身元保証の主債務となるべき損害賠償債務が存在せず、身元保証契約に基づく債務の不発生が確実であり、民法487条の趣旨に照らして、かつ、返還請求権が身元保証人から原告に譲渡されていることから、当該返還請求に理由があるとされた。


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