求人票もチラシの一種

求人票の内容は募集内容の明示であり、採用条件ではない

ハローワークの求人票、求人誌、新聞・チラシの求人広告などは、いずれも法律的には「誘引行為」として、求人募集への応募を誘い、引き付けるための条件が示されているものです。

自動的に採用=労働契約時の条件を確定するものではありません。

求人者がハローワークに求人の申込みをするのは法律上「申込みの誘因(※)」であり、これに対し、求職者がハローワークを通じて応募するのが「契約の申込み」で、この求職者の契約の申込みに対して、求人者が承諾を行うことによって契約が成立すると考えられます。

したがって、求人者が安定所に提出した求人票記載の内容は、直ちに、後で成立した労働契約の内容になるとはいえません。

※「申込みの誘因」

相手方に申込みをさせようとする意思の通知であり、相手方がそれに応じて意思表示をしても、それだけでは契約は成立せず、申込みの誘因をした者が改めて承諾をしてはじめて契約が成立する。

同様に、新聞、雑誌などに掲載される求人広告は、求人の条件を記載した文書ではありませんし、また、求人広告の掲載も申込みの誘因と考えられます。

したがって、採用時にあらためて労働契約の内容を確認する必要があります。とくに賃金の見込み額、実績額のみが表示されている場合などは注意してください。

なお、国の指針によれば、労働者の募集を行う者に対し、次の配慮が求められています。(職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者、労働者供給事業者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示等に関して適切に対処するための指針(平成11.11.17 労働省告示第141号))

(1) 明示する労働条件等は、虚偽又は誇大な内容としないこと。
(2) 求職者等に具体的に理解されるものとなるよう、労働条件等の水準、範囲等を可能な限り限定すること。
(3) 求職者等が従事すべき業務の内容に関しては、職場環境を含め、可能な限り具体的かつ詳細に明示すること。
(4) 労働時間に関しては、始業および終業の時刻、所定労働時間を超える労働、休憩時間、休日等について明示すること。
(5) 賃金に関しては、賃金形態(月給、日給、時給等の区分)、基本給、定額的に支払われる手当、通勤手当、昇給に関する事項等について明示すること。
(6) 明示する労働条件等の内容が労働契約締結時の労働条件等と異なることとなる可能性がある場合は、その旨を併せて明示するとともに、労働条件等がすでに明示した内容と異なることとなった場合には、当該明示を受けた求職者等に速やかに知らせること。
(7) 労働者の募集を行う者は、労働条件等の明示を行うに当たって労働条件等の事項の一部を別途明示することとするときは、その旨を併せて明示すること。

ハローワークを通すと、求人票=労働条件の内容、と解釈される場合も

求人票に記載され、求職者に提示された労働条件は、求職者もこれを信頼して契約を締結するかどうかを決めるものであって、これを提示した求人者は求職者の信頼を裏切ることがあってはなりません。

職業安定法第5条の3は、求人者に対し求人票に労働条件を明示する義務が定めています。なおかつ、求人者としても求人票に労働条件を明示する際、それが契約内容となることを当然の前提としています。

したがって、ハローワーク等(本条文の「公共職業安定所等」)の紹介により成立した労働契約の内容は、当事者の間にこれと異なる合意をするなどの特別の事情がない限り、求人票記載のとおり定められたものと解釈すべきです。

内定から入社までが長い場合などは状況が変わりますから機械的には適用できない場合もありますが、いずれにせよ、求人票記載の見込額を著しく下回る額で賃金を確定することは、信義則からみて良くない、といえます。

また、求人票記載の労働条件が労働契約の内容にならないとすると、職業安定法5条の3で労働条件の明示を要求した趣旨が没却されることになってしまいます。

職業安定法第5条の3 (労働条件の明示)

公共職業安定所及び職業紹介事業者、労働者の募集を行う者及び募集受託者(第39条に規定する募集受託者をいう。)並びに労働者供給事業者(次条において「公共職業安定所等」という。)は、それぞれ、職業紹介、労働者の募集又は労働者供給に当たり、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者に対し、その者が従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。

2 求人者は求人の申込みに当たり公共職業安定所又は職業紹介事業者に対し、労働者供給を受けようとする者はあらかじめ労働者供給事業者に対し、それぞれ、求職者又は供給される労働者が従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。

3 前2項の規定による明示は、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により行わなければならない。

同様に新聞の広告内容も、労働者はその求人広告の内容を信頼して契約を結ぶのですから、特別の事情のない限り求人広告の内容どおりの労働契約の内容が成立することになります。(職業安定法第42条)

一般の求人広告等でも、ハローワークの求人票に準じて労働条件等を明示することとされ、的確な表示に努めなければならないとされていますが、往々にして実際に支払われる賃金額と違うというトラブルがあるので必ず文書で明示してもらうようにして下さい。


求人票の条件=労働条件となるかについて異なる判断がある

求人票に賃金の「見込額」が記載されていた場合は、その額は直ちに労働契約の内容となるわけではなく、「見込額」として当事者を拘束する、つまり、この額は「将来入社時までに確定することが予定された目標としての額」であり、求人者はみだりにこの見込額よりも著しく下回る額で賃金を確定すべきではないが、反面やむを得ない事情があれば「見込額」と異なる賃金額を決定しても差し支えない(八州測量事件 東京高裁 昭和58.12.19)とされています。

八州測量事件 東京高裁 昭和58.12.19

入社時の賃金額が求人票記載の「見込額」を下回ることの説明があり、新入社員がそれに異議をとどめずに労働契約書にサインしていた。

(1) 求人は労働契約申込の誘引であり、求人票はそのまま文書であるから、労働法上の規制(旧職安法第18条)はあっても、本来そのまま最終の契約条項になることを予定するものではない。

(2) 民法上も、雇用契約においてその効力発生までの賃金が確定すれば足りることは当然である。

(3) 求人者はみだりに求人票記載の見込額を著しく下回る額で、賃金を確定すべきでないことは、信義則からみて明らかであるといわなければならない。

求人票記載の労働契約の内容が労働条件となる旨の判例として、次のものがあります。

千代田工業事件(大阪高裁 平成2.3.8 期間の定めの有無に関して)

丸一商店事件(大阪地裁 平成10.10.30 退職金に関して)

また、求人広告などで労働者に誤解を与えたため慰謝料の支払いを命じた判例として、次のものがあります。

日新火災海上保険事件 東京高裁 平成12.4.19 東京地裁 平成11.1.22

中途採用者の賃金について、会社の人事担当者は面接及び会社説明会において、給与条件につき新卒採用者と差別をしないとの趣旨の抽象的な説明をした。実際には新卒者の最下限に位置づけられた。

東京地裁

そのような取り扱いをしても不当差別にはならないとした。

東京高裁

雇用契約上、新卒同年次定期採用者の「平均的格付け」の給与を支給する旨の合意が成立したものとは認めることはできない。

しかし、会社側説明は抽象的であり、雇用契約締結過程における信義誠実の原則に反するものであって、不法行為を構成するものとされた。

新卒同等の賃金額について信じさせかねない説明をしたとして、100万円の慰謝料の支払いを命じた(監督官庁に申し立てたことによる左遷の慰謝料を含む)。

慰謝料100万円。

※会社側上告

丸一商店事件 大阪地裁 平成10.10.30

職業安定所の求人票に「退職金共済加入」と記載しながら、加入していなかった。

求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解すべきであるから、求人票記載のとおり、会社が退職金を支払うことが契約の内容になっていた、とされた。

退職金共済に加入していたら支払を受けることができた額の支払いを使用者に命じた。

千代田工業事件 大阪地裁 昭和58.10.19

公共職業安定所の紹介により成立した労働契約の内容は、当事者間において求人票記載の労働条件を明確に変更し、これと異なる合意をする等特段の事情がない限り、求人票記載の労働条件のとおり、定められたものと解すべきである、とした。

もちろん、採用時の労働条件の明示が「募集広告記載のとおり」などと説明された場合は、募集広告が即、労働契約の内容となったと考えられます。

そうであれば、その募集広告のうち、賃金・労働時間など労働基準法15条1項により明示義務が課せられているものが実際と相違すれば、その労働契約はただちに解約することができます。


ページの先頭へ