採用時の本人調査
業務の適性を判定する範囲内で調査可能
使用者が雇用契約を締結するにあたり、どのような労働者を採用するかの選択は、会社の裁量の範囲内です。
このため、採用にあたり、応募者の適性を判断する目的で、その人のことを調べるのは、必要の範囲内だとされます(精神障害歴の有無などもこの範囲内と考えられています)。
前の職場での雇用期間、業務の内容、地位、賃金などについて調査することは差し支えないと考えられます。
ただし、調査内容は、労働能力や適格性等の判断に影響する事項に限られるというのが一般的な考え方ですから、業務適性と直接関係のない事項を事前調査することは、問題です。
福島市職員事件 仙台高裁 昭和55.12.8
市の採用試験の一環として身体検査に際し、健康調査票の「ひきつけの発作(てんかん)を起こしたことがありますか」との質問項目について、「いいえ」の回答を記入し、てんかん発作を秘匿したことを理由に、「その職に必要な適格性を欠く場合」に当たるとして、分限免職がなされた。
裁判所は、「秘匿された病歴が(職務遂行能力を有するかどうかという)能力の判定に影響を及ぼすおそれの少ない程度のものであるならば、右秘匿を以て直ちに分限免職を相当とする理由となし難い」とされ、てんかん症状は相当軽度であるとして、解雇の執行停止が認められた。
問題は、旧職場が、就職先にどのようなことを話しているか、実際にはわからないことにあります。
このことについて、不都合な情報提供を差し止めることができないかという問い合わせは多いのですが、実際にどのような情報提供がされているかわからない以上、差し止めのしようもありません。
それだけに、職場の「辞め際」が大切となるのです。
収集してはならない個人情報
労働基準法第22条4項には「使用者は、あらかじめ第三者と謀り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をし、又は第1項及び第2項の証明書に秘密の記号を記入してはならない。」とされています。
ここからは「あらかじめ」、「第三者と謀」らないなら、情報提供もできるように読めます。
そこで、国は指針(平成11年労働省告示第141号)が定め、「収集してはならない個人情報」は以下のとおりとしています。
(1) | 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出身地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項 例:本籍地・出身地、家族状況(学歴・職業・収入等)、社会環境・家庭環境、住宅状況、本人の資産(借入状況)、容姿・スリーサイズ |
(2) | 思想及び信条 例:思想、宗教、人生観、生活信条、支持政党、購読新聞・雑誌、愛読書、尊敬する人物等 |
(3) | 労働組合への加入状況 例:社会運動に関する情報(労働運動、学生運動、消費者運動等) |
会社としては、「当社は、本人の了解があれば、○○についてはお答えできますが、それ以外の事項に関しては、お答えしないことになっております」という具合に、問い合わせに対処することになります。
戸籍の提出は求めるべきではない
会社の中には、採用時に戸籍謄(抄)本の提出を求めているところがありますが、そのような取扱いは適切ではありません。
以前は、都道府県レベルであれば調査してもかまわないとされていましたが、現在、本籍地は「収集してはならない個人情報」に含まれるようになりました。
住民票記載事項証明書によって処理すべきでしょう。
就業規則等において、一般的に、採用時、慶弔等の支給時等に戸籍謄(抄)本、住民票の写し等の提出を求める旨、規定している事例があるが・・・これらについても、可能な限り「住民票記載事項の証明書」により処理することとするよう、その変更について指導すること。
(昭和50年2月17日 基発第83号、婦発第40写)
個人情報の取り扱い
従前は、職業安定法に基づく通達で、応募者の個人情報の適切な取扱いについて定めていましたが、個人情報保護法第18条1項では、個人情報を取得する場合、あらかじめ利用目的を公表するか、公表していない場合には、取得後速やかに利用目的を通知または公表しなければならない、とされています。
また、本人の同意を得ないで、個人データを第三者に与えることを禁止しています。(同法第23条)
したがって、新たな勤務先が以前の勤務先に応募者の情報開示を求めることは、かつての勤務先の違法行為を教唆することになる可能性が高いといえます。
採用時の適性検査の結果
個人情報保護法では「取得の状況からみて利用目的が明らかであると認められる場合」には、通知公表等の義務はないとしています。
採用時に行われた適性検査については、それが採否の判断にのみ利用される限り、利用目的が明らかであると思われます。
ただし、他でも利用する予定がある場合、例えば適性検査の傾向を分析して来年度の採用に活かす等の目的で行われるものであれば、その旨を明示しておく義務があるということになります。