使用者が採るべき措置

健康診断

労働安全衛生法(第66条)は、事業主に健康診断を実施することを義務づけ、労働者にも健康診断を受診することを義務づけています。

その費用は、事業主の負担で行われます。

必要な健康診断を実施しなかった使用者は、50万円以下の罰金となります。(労働安全衛生法第120条)

また、企画型の裁量労働制をとる場合は、健康福祉確保義務(労働基準法第38条)が課せられています。

関連事項:裁量労働制


身体的疾病より精神疾患の方が会社のリスクは高い

身体的疾病よりも精神疾患の方が、会社にとってリスクが高いものです。

ですから、原則として、精神疾患になった社員については、速やかに休職させて、期間満了とともに当然に退職してもらうという流れを、規定化しておくことが極めて重要になります。

すなわち、精神疾患に罹患した社員については実務上は、復職をさせないことを前提とし、仮に復職させるとしても、そのハードルを上げておくことが必要ではないかと考えます。

平成16年2月に、関西労災病院の医師が、全国の心療内科と精神科の開業医ら約3,000人(846名回答)を対象にアンケートを実施しました。

その結果が、平成17年5月18日の朝日新聞に記載されていますが、回答した92%の医師が「虚偽でない範囲で診断病名の表現を緩和する」と回答しています。

うつ病の表現緩和については、「抑うつ状態」が40%で最も多く、他にも「心身症」、「心身疲弊状態」など「病気」という印象を弱めようとする傾向が多く見られたとのことです。

さらに、厚生労働省が公表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(平成21年3月改訂)にも、「現状では、主治医による診断書の内容は、病状の回復程度によって、職場復帰の可能性を判断していることが多くそれはただちにその職場で求められる業務遂行能力まで回復しているか否かの判断とは限らないことにも留意すべきである。また、労働者や家族の希望が含まれている場合もある。」と記載されている等、医師(特に主治医)の診断書の信憑性には、疑念を抱かざるを得ない状況です。

確かに、復職できるか否かを判断するためには医師の診断書は必要不可欠と言えますが、復職の判断の主体は、あくまでも会社側にあるという認識を持っていただく必要があると思います。

医師の診断書は、あくまでも医学的見地からの判断であり、当該医師が、会社で当該社員がどのような業務を行っていたのか、そして業務にかかる負荷はどの程度なのかまでをも考慮した上で、診断書を書いているとは到底思えません。

休職を判断したのも会社である訳ですから、復職を判断するのも会社であって然るべきであり、医師の診断書を判断材料の一つとして、最終的には会社の判断で復職を許可するということが重要です。

医師の診断書に疑念が残る場合には、直接医師に問い合わせをすることや、会社の業務をよく理解している産業医に診断を受けることができる体制作りが必要です。


医師への面談とプライバシー問題

しかし、医師への面談等を求めようとすると、社員から、プライバシーの侵害ではないかという反論が出る可能性があります。

果たして、医師に問い合わせることや、面談を求めることはプライバシーの侵害になるのでしょうか。

プライバシーとは、一般には「個人情報や私生活をみだりに公開されない権利」であり、「自己に関する情報をコントロールする権利」ともいわれています。

しかし、このプライバシーの定義とは、国と国民、あるいは何ら契約関係の無い私人間における権利の問題です。

労働契約を締結している社員にとっては、当該契約内容に、労働債務を履行することができる健康状態を有しているということが、当然に含まれているといえますから、一般のプライバシーと同様に捉えるべきではありません。

つまり、一般に言う国民のプライバシーと労働者のプライバシーとは異なるものであり、労務提供をするにあたり、本当に健康かどうかという疑義が生じた場合は、会社はそれを確認することができるはずであって、安全配慮義務を考慮すれば、むしろ確認しなければならないといえます。

ましてや、復職の可否を判断する局面においては、治癒していることが前提であり、社員も治癒しているということをもって復職を求めている訳ですから、本当に治癒しているのかという健康状態について、会社が健康情報を取得するのは当然のことといえます。

会社は、取得した社員の健康情報をきちんと管理して、それをみだりに公開しないようにすることで、労働者のプライバシーを保護することが求められるのであって、健康情報の取得が制限されている訳ではないのです。

さらに、労働安全衛生法では、会社は健康診断を実施し、その結果を記録することが義務付けられており社員に対しても健康診断の受診義務が規定され、会社に対して、社員の健康情報が当然に提供されることになっています。

したがって、問題となるのは健康情報を取得することではなく、健康情報を取得した後の管理を、いかにきちんと行うかということになります。

このように、会社は、社員の健康情報を業務に必要な範囲内で取得する権利があるといえますが、個人情報保護法の施行により、本人の同意がなければ、医師は会社に対して、労働者の個人情報を提供してはならないことになりました。

ですから、労働者の健康に関して医師に問い合わせたり、面談を求めたりする場合は、あらかじめ本人の同意が必要ということになります。

では、本人が同意しないと主張してきた場合は、どうすればよいでしょうか。

この場合、提出された医師の診断書は、復職可能であるという根拠とは認めることができません。

ですから、当然、会社は復職を認めることはできないということになります。

復職が認められなければ休職期間満了によって、当然に退職となります。

会社としては、安易に復職を認めてしまうことで、復職後に再発してしまった場合の安全配慮義務が問われるリスクがありますから、復職については、会社が納得した判断を下さなければなりません。

そのためには、医師の診断書に疑義が生じた場合は、医師に対して面談を求めること、そして当該社員はそれに協力しなければならないこと、また正当な理由なく協力しなかった場合は当該診断書を復職可能であるとの根拠として、採用しないことがあるということを就業規則に規定して、包括的に同意を取っておくことが重要になってきます。


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