相談者のメンタリティ

「こだわり」の強さ

私見ですが、労働相談の立場からいうと、相談者にはある種共通したメンタリティが見られます。それは、何か一つの物事への、非常に強い「こだわり」です。

「自分をクビにした上司が忘れられない」「自分には○○する権利があるのに踏みにじられた」「○○について××が常識であるのに、会社は△△だといって譲らない」――そういったものから、気持ちが離れていかない、という傾向が見られます。

もちろん、社会正義の実現を訴えていくことは正しい行動です。

ところが、長い年月が経ったためそういう主張自体あまり意味を持たなくなっても、その要求を捨てない相談者がいます。

例えば、すでに時効が過ぎて数年が経つ未払賃金数万円の請求を、諦めずに、あくまでも要求し続けていくというケースがそれです。

また、費用対効果からいって請求行為がとてもバランスの取れたものではないのに、いかなる手段を使っても要求するという場合もあります。

数千円の賃金未払のために訴訟を起こそうという例がそれです。

こうした相談者に対し、「いい加減に諦めたら」とアドバイスでもするならば、突然気色ばみ、「泣き寝入りしろというのか!」という剣幕で興奮し、担当も対応に苦慮することになります。

もっとも私は、こうした相談者のメンタリティが、その相談者個人に特有なものだとは考えていません。


人間は大きな不安があると、そこから目を背けようとする

会社とのトラブルから解雇された、というのが労働相談のもっとも多いケースですが、解雇直後の相談者には、会社に対する「怒り」はあっても、上記のような「こだわり」といった雰囲気は感じられません。

「こんな会社はこっちの方から三行半だ」といった気概があります。

ところが、失業状態が長引くと、相談者は「自分の人生がこのまま行き詰まるかもしれない」という、漠然として捕らえどころのない不安と対峙させられます。

通常、こうした状態が長く続くと、人は自分の要求と現実との折り合いをつけて、何らかの妥協点を見つけ出して行こうとします。

しかし、自分の抱えている大きな不安を直視することができず、かといって、自分のプライドを犠牲にしてまで現状を受け入れることができない人もいて、こうした人にとっては「過去へのこだわり」が最善の避難場所となるのです。

こうした相談者は、「自分がこんな状況になったのは、元はといえば○○会社の××部長のせいだ・・・」といった考えに、心が支配されています。

私はこういうメンタリティを「スイッチが入ってしまった状態」と呼んでいます。

そういった気持ちを克服しないと再就職もままならないし、再就職しても「また同じ目に遭うのではないか」という気持ちに絶えず苦しめられていて、うまくいきません。

たしかに最初の離職原因は「○○会社の××部長」かもしれませんが、その後の状況悪化は、少なからず本人のメンタリティが招いたものです。しかし、相談者の多くは、そういったトラウマとなかなか決別できないでいます。

労使紛争は、法的な判断を理解してもらえれば、それだけで解決するものが少なくありません。

しかし、解決金の多寡や法的な是非ではなく、ある種のカタルシスをもって決着する労働紛争も少なからずあります。

私は、「こだわり」という呪縛から当人を解放し「ほんとうの心配事」へ対峙する勇気を持たせてやることも、労働相談の役割の一つではないかと思っているのですが、いかがでしょうか。


家族から訴訟の動きがあるとき

やむを得ず退職してもらわざるを得ない場合、本人および家族に対し、事前に十分話し合い、納得してもらうことが必要です。

退職までの間は納得していた家族の態度が、退職後に一変することがあります。

このようにこじれたとき、人事労務担当が交渉に当たることは、相手方の反発を伴う危険があります。人事労務担当部門は、会社の権威を象徴する部門であり、身内を退職に追いつめた組織であるという印象が強いため、家族は感情的になり、論理がまったく通じないことがあります。

場合によっては、家族が訴訟に訴えることもありますので、それに耐え得るためにも、文書による管理体制の整備が必要となります。

その上で、家族の説得を試みるとすれば、次の方法があります。

本人と親しかった社員に仲裁を依頼

一般の従業員にこのような対応を求めるのは避けるべきです。とはいっても退職時の管理職では難しく、以前の管理職で、本人から信頼を置かれており、しかも仲裁することに積極的な姿勢である人を選ぶことが望まれます。

当然、そのような人は、かなり少数だといえます。

弁護士に仲裁を依頼

家族に「法廷闘争も辞さない」という印象を与えかねません。慎重に対応することが必要です。

もちろんパックアップ機能として、弁護士から助言を得ることは、重要です。

産業医に仲裁を依頼

退職前の時点で十分に産業医としての説明と説得をしていれば、よほどのことがなければ訴訟問題には発展しません。

しかし、訴訟問題が浮上してきた場合、その産業医が交渉に当たるのは、かなり難しくなります。

患者から見た、良い精神科医

(1)投薬はするものの、期限を決めており、患者の状態を見ながら徐々に薬を減らしていく。そのことも、きちんと患者に告知する。

(2)両親や職場の人にも、うつ病は気分的には問題ではないこと、れっきとした病気であることを説明し、周囲の理解を得られるように努力してくれる。

(3)「何か変調があったら、いつでも連絡してください」と言ってくれる。

―――あなたの診察、録音しました(優月 葵 著)より


家族の協力を必要とするとき

まずは本人に、家族の誰にアプローチしたらよいか、聞いてみます。

もっとも、家族は、身内の病気を認めたくないという気持ちが強く、非協力的となる場合が少なからず見られます。

このため、家族に接触する場合は、遅刻や欠勤などの勤怠問題や、業績が低下しているなどの問題点を前面に出し、その解決のための協力を求める方がよいでしょう。


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