会社側の受診命令

健康管理の目的ならば使用者は受診を命じられる

労働安全衛生法第66条5項は、社員に対しても定期健康診断の受診を義務づけています。

会社が就業規則等にあらかじめ定期健康診断の義務を明文化しておくことにより、社員に対して業務命令をもって受診を命令することは可能であると解されています。

このことに関しては以下の判例があります。

電電公社帯広局事件
最高裁 昭和61.3.13 札幌高裁 昭和58.8.25 釧路地裁帯広支部 昭和57.3.24

会社は頸肩腕症候群で発症後3年以上経過しても軽快しない長期罹患者について検診を求めたが、労働者は「信用できない」として、これを拒否。

組合との間で団体交渉となったが、その際、原告らを含む12名の職員が約10分間、職場を離脱した。このため戒告処分 (定期昇給の4分の1の減額)となった。

就業規則・健康管理規定には、受診命令につき「職員は常に健康の保持増進に努める義務があるとともに、健康管理上必要な事項に関する健康管理従事者の指示を遵守する義務があるばかりか、要管理者は、健康回復に努める義務があり、その健康回復を目的とする健康管理従事者の指示に従う義務がある」とされていた。

第一審の判断

受診命令に応ずる義務はあったが、被告の要求にかかわらず健診項目を明らかにしないなど、本業務命令は無効であるとした。

第二審の判断

検診期間2週間の私的生活の制限や、信任しない医師による検診、個人的秘密が知られることなどから、受診義務を強制することはできないとし、懲戒処分も裁量の範囲を逸脱しているとして無効と判断した。

最高裁の判断

処分を有効であるとした。

要管理者の健康の早期回復という目標に照らし合理性ないし相当性を肯定しうる内容の指示があれば、これに従う義務があり、その受診方を命ずる業務命令は、その効力を肯定できるとしている。

懲戒処分も認めた。


労働者の受診義務

労働者には健康診断の受診義務があります。

会社の行う健康診断を受けたくない場合には、自分の希望する医師に受診し、規則に定められている項目について証明を受けてその書面を会社に提出すればよいとされています。(労働安全衛生法第66条5項)

旧法では、書面を提出しない労働者に対する罰則がありましたが、現在はなくなりました。

強制するためには、就業規則の制裁規定が必要です。

就業規則において、健康管理上必要な事項について、医師の受診を含む会社の指示があるときは、それに従わなければならない旨のいわゆる受診命令がある場合、医師の診断を求める合理的な理由がある限り、会社はこうした就業規則上の規定に基づいて、受診命令を発することができます。

また、就業規則に受診義務・受診命令等の規定がない場合においても、労働者は労働契約上、労務提供義務を負っていると考えられ、これを履行するために自己の健康保持義務を負っていると考えられます。

したがって、労働者が専門医の診断を受けることは、信義則上の義務といえます。

こうしたことから、受診命令に従わない従業員に対して、業務命令違反を理由に懲戒処分を科したりすると、逆に社員の方から慰謝料請求訴訟を起こされる危険がありますので、慎重な判断が必要だと思われます。

東京都・自警会事件 東京地裁 平成15.5.28

警察学校の入校手続に際して、承諾のないまま、HIVの検査が行われた(入校案内には記載なし)。結果が陽性だったので、時間的余裕を与えないまま本人及び母親に対し入校辞退願いとその同意書の文案が示され、これを提出した。

裁判所は、採用時の健康診断は、(1)適正配置の資料、(2)健康管理の資料、(3)労務提供が現実に可能かの確認、のために行うものであるとし、今回の検査が単に感染者の排除のために行われたと判断し、都および自警会に損害賠償440万円の支払いと命じた。

T工場(HIV解雇)事件 千葉地裁 平成12.6.12

プラスチック加工を行う被告会社が定期検診の際に、原告(外国人労働者)に無断でHIV抗体検査を行い、陽性であった原告の退職を図って、帰国を促し、原告が応じなかったためリストラを理由に解雇した。

解雇権濫用にあたり無効となり、会社に慰謝料200万円が、検査結果を知らせた病院に慰謝料150万円が求められた。

HIV感染者解雇事件 東京地裁 平成7.3.30

ソフトウエア業務を営む労働者がタイ王国における就労許可を取得するため健康診断を受診したところHIV感染が明らかになった。このことが会社に知られ、当該従業員が解雇された。

裁判所は、HIV感染を理由とする解雇は社会的相当性の範囲を著しく逸脱していると判断し 、解雇無効の地位確認を行い、慰謝料600万円を命じた。

愛知県教委(減給処分・上告)事件
最高裁 平成13.4.26 名古屋高裁 平成9.7.25 名古屋地裁 平成8.5.29

中学校教諭が、定期健康診断において、エックス線検査を、放射線曝露の危険性を理由に受診せず、校長の受診命令を拒否した。

教育委員会はこの教員を減給処分(3ヶ月間給料の10分の1)した。

第一審の判断

減給処分を取り消した。労働者には受診の義務はない、とされた。

第二審の判断

受診拒否は懲戒事由に当たると判断し、一審判決を違法と判断した。

最高裁の判断

二審の判断を相当として、上告棄却。

校長は、職務命令としてエックス線検査を命じることができる、とした。

国立比良病院事件 大阪高裁 平成7.9.29

第一審

受診を執拗に要求しており、受診命令は不法だとした。

第二審

一審を覆し、医師に不審な言動等がみられたことから、病院が医師としての心の健康状態に関し疑問を抱いたのはもっともであり、職務上の受診命令は相当であるとした。


健康管理のための配転

高島屋工作所事件 大阪地裁 平成2.11.28

労働者が、健康保持のための配慮義務から、配置転換を申し出た。

裁判所は、法(現労働安全衛生法66条の5第1項)にある使用者が実情を考慮して就業場所の変更等の措置をとらなければならない旨の規定は、労働契約における本来的履行義務であるとはいえず、付随的義務に過ぎないから、労働者がその履行を直接請求することはできない、という判決を下した。

当栄ケミカル事件 長野地裁 昭和53.12.14

従業員に対する健康管理の観点から行った配転につき、合理的な理由があるとした。


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